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月明りの花
愛莉は天井を見つめる。絵を描きたい。眠れないのだ。ママのキーキー声が頭から離れない。でも絵は描けない。もう消灯時間が過ぎている。
愛莉は壁を見つめる。咲花お姉ちゃんの部屋とつながる壁を。
「まだ起きているかな。」
愛莉は咲花お姉ちゃんが大好きだ。ママもここのみんなも、みんなみんな騒がしい。咲花お姉ちゃんだけは話を聞いてくれる。言葉にできなくてもきいてくれている。
笑った顔も好き。静かに笑う。でも、咲花お姉ちゃんの笑顔にいつも悲しみが混ざっていることを知っている。いつか取り除いてあげたいと思う。だから絵を描くのだ。愛莉が一番得意なのは絵だから。
甘い匂いがただよってきた。温かくて幸せな匂い。咲花お姉ちゃんだ。愛莉は理由もなく確信する。そして真っ暗な部屋をそろり抜け出した。
調理室は目が痛いくらい明るかった。自分が眠った後こんな世界があるなんて知らなかった。その部屋の中で咲花は食器を洗っているところだった。
「起こしちゃったかな?」
咲花お姉ちゃんは愛莉に気づき、腰を落として話しかけてくれた。
「寝れなかったの。そしたら甘い匂いに誘われた。」
話すのが苦手な愛莉だが咲花の前ではすらすら言葉がでる。
「ちょうどよかった。これ愛莉へのプレゼントなの。パウンドケーキって言うの。バターとお砂糖を贅沢に使っているのよ。つらいことも悲しいことも、きっと全部溶かしてくれる、魔法のケーキなの。」
愛莉はほかほかのケーキを始めてみた。ケーキはもっとよそ行きのものだと思っていた。けれども咲花が作ってくれたそのパウンドケーキはまだ湯気がでていて、飾りもないけど、バターの香りが愛莉を優しく包む。
「おいしそう。」
思わずつぶやいた。
「食べてみる?一日たって、バターがキュッとしまったパウンドケーキもおいしいけどね、こうして熱々のふかふかのケーキも優しくておいしいの。だって作り立てしか食べれないでしょ。」
そう言って咲花お姉ちゃんはナイフで少し切りわけてくれ、お皿にのせてくれた。愛莉はそれを立ったまま食べる。ほかほかのケーキは確かにふかふかで、優しくて身体をあっためてくれる。愛莉を幸せにしてくれる魔法のケーキだ。
「今日はつらかったね。でも大丈夫よ。大丈夫だから。」
咲花お姉ちゃんは頭を優しくなでてくれた。愛莉はこくりとうなずく。
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