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「あ、舞花ちゃんお疲れ様。」
駐車場まで出ると、同級生たちがまだいたことに一瞬驚いた。てっきりもう帰ったとばかり思っていたが、莉奈、桜、芽衣に香蓮。だれ一人帰っていなかった。
「どうしたの?何かあったの?」
もしかして自分を待ってくれていたのか。一瞬そう思って、うわついた声が出た。でも、四人は目を合わせ慌てた様子。流れた空気で瞬時に読み取る。これは違う。
「あ、明日から中三でしょ?進級祝いにご飯を食べに行こうってママたちが企画してくれて。」
莉奈が気まずそうに答える。
「あの、新しくできたオーガニックレストラン。うちのママ、オーガニックとか大好きでさ。でも舞花ちゃんってそういうの好きじゃないでしょ?」
なんとか傷つかない言い方を探す香蓮。はい、わかっています。直訳すると、施設育ちのビンボー人の野生児は場違いなので誘ってないです。てところかな。
「たしかに。大きなお皿に葉っぱしか出てこないようなレストランでしょ?私の柄じゃないな。ハンバーガーに食べに行くときは誘ってね!」
舞花は仕方なくとびきりの笑顔でバイバイをした。
そうするしかないではないか。
世の中には壁というものが存在する。施設の子と家族がいる子。お金持ちと貧乏。仲良しかそうじゃないか。
体操の世界だって、ルールの壁、男女の壁、年齢の壁。壁だらけだ。壁をどんどん作り、その中で生きていかなければいけない。
どんどん世界を狭くして息苦しくなったとしても、それでも現実は現実。舞花の力ではどうしようもない。
せめて自由にとべたらな。ひらひら舞う蝶みたいに。あらゆる壁をひらひら自由に行き来できたらな。涙をこらえながら舞花は道路を渡った。
どれくらいそうしていたかわからない。
公園の鉄棒に座って空をながめていた。
始まりの鉄棒。4歳の雫と咲花の空中逆上がり。そのあまりにものきれいさに通りかかった平手コーチに見初められて、体操教室の道が開けた。
そんな逸話が残る鉄棒で、でもそんな昔話なんて今の舞花になんの意味はない。その当時の舞花はまだ2歳。抱っこしてもらって鉄棒にぶらさがって喜んでいただけのみそっかす。
舞花は背中を空にあずけて、足をまっすぐ広げ、腰を落として回転した。身体をしっかり二つに折り、くるんくるん何度も。空と地面が入れ替わる。腕も足もしっかりのばす。力をいれる。目まぐるしく変わる景色の中身体に全神経を集中させることで舞花は自由になれる。
月がでている。ぽつんと。まだ夜には早いのに。最後にまっすぐ身体を伸ばし倒立をした後ふわり。ひとりぼっちの地面に着地をした。ぼっちの月とぼっちの私。
「蝶みたいだな。」
後ろで声がした。雫の声。誰もいないと思っていたのに。舞花は振り返る。雫だ。ぼっちの舞はいなくなった。
「もう一回言って。」
咲花みたいに嬉しさをそのまま表現することは舞花にはできない。変わりにニヤニヤしながら茶化すことしかできないのだ。
「嫌だ。」
予想通りの反応だ。でもこれでいい。これがいい。
「蝶みたいだな。」
意味なんか聞かなくてもわかる。その言葉は、それだけで私を羽ばたかせてくれるから。
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