難産

1/1
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
私が小説投稿サイト『イブ』に登録したのは半年ほど前だ。 それなりに快適なイブ生活を送る中、ある企画を発見した。 それは短編怪談を持ち寄る納涼祭りだった。 私は軽いノリで参加表明をしてみた。 そしてすぐに後悔した。 続々と名乗りを上げたのは、実力と実績を誇る有名クリエ達だったのだ。 一人だけ駄作を書こうものなら嘲笑の的になるに違いない。 私は恐怖にも似た重圧(プレッシャー)を感じながら創作を始めた。 すぐにこの企画が難解なパズルになっていることに気づく。 800字縛りなのである。 描写によって字数は超過し、削減によって簡素なシナリオに没落する。 読者の不安を煽り、感情移入させ、恐怖に陥れる方法がさっぱり分からず、私はひたすら焦った。 そして有名クリエ達に(さげす)まれ、退会に追い込まれる未来が見えてゾッとした。 私は“最後の一行絶望系”に望みをかけることにした。 が、素人の私が突然覚醒するはずもない。 当然、創作は行き詰まり見事に袋小路に陥った。 ウィスキーを煽って明け方まで悶絶し、寝不足のまま出社する。  時間は容赦無く過ぎ、日毎(ひごと)私は追い詰められていった。 無断欠勤が常態化し、PCの前で一日中酒を煽った。 いつからか動悸と冷や汗が止まらなくなった。 頬はこけ、髪が抜け、歯が抜けた。   スマホを叩き割り、電話線を引き抜き、飼い猫は窓から投げ捨てた。 私は一行も書けなかった。 そして最後の日を迎えた。 私は力尽き、(おきな)の能面のような顔で(よだれ)を垂れていた。   私はようやく悪意に気付いた。 この企画は私のような無能な作家を誘い出し、絡めとって捕食する罠だったのだ… ところが 突然、天啓のようにアイデアが閃いた。 それは800字以内の完璧なホラーだった。 希望の核爆弾が脳内で爆裂する。 時計を見ると締め切りまで10分を切っていた。 咆哮と共にPCを開いてイブにアクセスした。 見慣れたページが現れる。 ➖システムエラー➖ 耳元で誰かが狂ったような笑い声をあげた。 それは私の声だった。   END
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!