難産

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私が小説投稿サイト『イブ』に登録したのは半年ほど前だ。 それなりに快適なイブ生活を送る中、ある企画を発見した。 それは短編怪談を持ち寄る納涼祭りだった。 私は軽いノリで参加表明をしてみた。 そしてすぐに後悔した。 続々と名乗りを上げたのは、実力と実績を誇る有名クリエ達だったのだ。 一人だけ駄作を書こうものなら嘲笑の的になるに違いない。 私は恐怖にも似た重圧(プレッシャー)を感じながら創作を始めた。 すぐにこの企画が難解なパズルになっていることに気づく。 800字縛りなのである。 描写によって字数は超過し、削減によって簡素なシナリオに没落する。 読者の不安を煽り、感情移入させ、恐怖に陥れる方法がさっぱり分からず、私はひたすら焦った。 そして有名クリエ達に(さげす)まれ、退会に追い込まれる未来が見えてゾッとした。 私は“最後の一行絶望系”に望みをかけることにした。 が、素人の私が突然覚醒するはずもない。 当然、創作は行き詰まり見事に袋小路に陥った。 ウィスキーを煽って明け方まで悶絶し、寝不足のまま出社する。  時間は容赦無く過ぎ、日毎(ひごと)私は追い詰められていった。 無断欠勤が常態化し、PCの前で一日中酒を煽った。 いつからか動悸と冷や汗が止まらなくなった。 頬はこけ、髪が抜け、歯が抜けた。   スマホを叩き割り、電話線を引き抜き、飼い猫は窓から投げ捨てた。 私は一行も書けなかった。 そして最後の日を迎えた。 私は力尽き、(おきな)の能面のような顔で(よだれ)を垂れていた。   私はようやく悪意に気付いた。 この企画は私のような無能な作家を誘い出し、絡めとって捕食する罠だったのだ… ところが 突然、天啓のようにアイデアが閃いた。 それは800字以内の完璧なホラーだった。 希望の核爆弾が脳内で爆裂する。 時計を見ると締め切りまで10分を切っていた。 咆哮と共にPCを開いてイブにアクセスした。 見慣れたページが現れる。 ➖システムエラー➖ 耳元で誰かが狂ったような笑い声をあげた。 それは私の声だった。   END
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