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アンジェラ
「海野次生さんですね」
玄関に、見たこともない美少女が微笑んで挨拶をした。
胸の辺りにタブレットを抱えている。かなり雨に打たれたのか、制服がびしょ濡れだ。
「えェ……?」なんだ。この子は。
まだ女子高生だろうか。ニコニコと微笑んでキュートだが頭の悪そうな顔をしている。
しかし濡れた制服が、かすかに透けて艶っぽい。
けれどもこんな真夜中の嵐の晩に、いったい何の用なんだろう。
デリバリーで女子高生の彼女をレンタルしたつもりはない。
ピンクの髪の毛をしたメガネ女子だ。見たこともないがアイドルのように可愛らしい。
その背後には若いイケメンの男性が立っている。この子のボディガードなのか。地味で真面目そうな草食系男子だ。変わった組み合わせだ。
「……」
オレが黙ったまま睨んでいると、遠慮なく美少女は玄関へ入り込んできた。
「海野さんで宜しいでしょうか?」
相変わらずアイドルスマイル全開だ。笑顔の押し売りのように図々しい。
「え、ええェ……、まァ、そうですが」
オレは当たり障りのない応えをした。
いったい何なのだろう。イヤな胸騒ぎがしてくる。台風は去ったのだろうか。雨は多少、小降りになっているようだ。
玄関の近くではパトカーのサイレンが鳴り響いている。かなり竜巻の被害が甚大なようだ。
「ウッフフ、私は姫河アンジェラと申します」
ライブステージでアイドルが挨拶するように微笑んだ。
「はァ、アンジェラ……?」
なんだ。それは。変わった名前だ。最近多いキラキラネームと言う奴だろうか。名前の通り天使のように可愛らしい美少女だ。
ピンクの髪に紺碧の瞳。見た覚えはないが、どこかのアイドルみたいだ。
「こういうモノです」
美少女のアンジェラはポケットから警察手帳を差し出し提示した。
「ぬうぅ……、警察ゥ?」
まさか。こんなバカそうな女子高生が刑事のワケがないだろう。
「偽物じゃないわよ」美少女はオレが疑っているのを見越して先手をうって釘を刺してきた。
「えッ、えェ……? ああァ」
最初は精巧な作り物の警察手帳かと思って疑ったが何度見返しても本物のようだ。
「ううゥ……」
それにしても不思議だ。どうしてこんなに早くオレの家まで警察がやって来るんだろう。どこかで何かしくじったのか。
「ッで、こっちは部下のポチです」
美少女は背後のイケメン男性を紹介した。
「えェ、ポチ?」なんだ。それは。
「いえいえ、ポチじゃありませんよ。星です。星翔です。ボクの名前は」
慌ててイケメン男性も警察手帳を提示して訂正した。彼もまだ大学生のように初々しい。
「はァ、それでェ、何かオレに用ですか」
早く切り上げようとぶっきらぼうに尋ねた。要件次第では、すぐに引き取ってもらおう。こんなバカそうな美少女刑事に、いつまでも付き合っていられない。
「フフ、海野さんは今夜、どちらにいらっしゃいましたか?」
相変わらず美少女はアイドルのように笑みを浮かべて訊いてきた。
「え、ああァ、今夜ですか。そりゃァ、ずっとこの部屋にいましたけど……。この悪天候ですからね。外へは出かけられないでしょ」
かねてから考えていた通りの答弁だ。こんな問答は想定内だ。
オレはずっとこの家にいた。
アリバイは完璧だ。何も怖れることはない。
「はァ、そうですか。おかしいですね」
アンジェラは背後のイケメン刑事とアイコンタクトを取り、含み笑いを浮かべた。
意味深な笑い方だ。ヤケに気にかかる。
「ン、なにがおかしいんですか。見てください。ほらァ、宅配ピザを頼んだんですよ」
玄関に置かれた宅配ピザを手で示した。こんな時のためにデリバリーして置いたモノだ。これでアリバイは立証できるだろう。
「なるほど、そういえば良い匂いがしますね。ひとつ宜しいでしょうか」
美少女は俺の返事も待たず、ニコニコと笑顔でピザを開けようとした。
「な……?」一瞬、オレは驚いて反応できずにいた。
美少女は勝手にピザの箱を開いてしまった。
「あれェ……、おかしいですね」
ピザを手に取り、おどけたように肩をすくめた。
「ぬうぅ、なにがですか」
ピザが何か変なのか。
「ほら、せっかくデリバリーして貰ったのにすっかりピザが冷たくなっていますよ」
美少女はひと口、ピザを頬張りながら微笑んだ。
「え、いや、ちょっと後で食べようと」
マズい。このガキ。
バカそうな顔をしているクセに、見かけによらず鼻が利くようだ。
失敗した。こんなことなら、もっと早くピザを食べておけば良かった。
「ンうゥ……、出来ればコーラも飲みたいんですけど」
美味しそうに食べながら美少女は、さらに飲み物まで要求してきた。
「はァ……、コーラァ?」
なんて図々しい女の子なんだ。この子は。
可愛いくなかったら怒鳴りつけたいくらいだ。
渋々、オレはキッチンへ行ってコーラのペットボトルを取ってきた。
「ハイ、どうぞ……」
「フフゥン、ありがとう」ニコニコしてペットボトルを受け取り飲み始めた。
「キミ、その制服は女子高生だよね」
オレは美少女の制服を見て思い出した。近所に新設された有名高校のブランドだ。
「ええェ、とっても良く似合うでしょ。
アンジェラはデカ天使ッて呼ばれてるのよ」
クルクルとダンスパフォーマンスをして、モデルのように制服姿を披露した。
「デカ天使……?」なんだそりゃ。
「あ、そうそう、そういえば海野次生さん?」
「はァ、なんですか。早く飲んで帰ってくださいよ」
いつまでいるつもりだ。コイツらは。
叩き出したいが、さすがに自重した。
「石原百合香さんは、ご存知ですよね」
「ええェ……、石原さん? さァ、どなたでしょうか」
一瞬、ドキッとしたがシラを切った。
どうして百合香のことを。一気に心臓がドキドキしてきた。オレは何か間違ったことをしたのだろうか。どうして、コイツらは百合香のことを尋ねるんだ。
「フフゥン、バックれないでよ。貴方が先ほど岬から海へ突き落とした彼女ですよ」
アンジェラは、ニコニコして飛んでもないことを言った。
「は、はァ、何をふざけたことを言ってるんだ」
「ウッフフ、どうです。思い出しましたか」
「いやいや……、思い出すも何も知るか。ふざけんなよ」
「おかしいですね。百合香さんは貴方に崖から突き落とされたと証言されていますが」
ニコニコ微笑んだまま、オレの心を土足で踏み荒らしていくようだ。
「な、なにを言ってるんだ。百合香が証言できるはずはない……」
「フフゥン、どうしてそう断言できるんですか?」
アンジェラは笑みを浮かべ、伺うようにオレを覗き込んだ。
「えェ、いや、どうしてッて……、別に」
間違いなく俺が岬から突き落としたんだ。生きているはずはない。もちろん証言など出来るワケがない。
「あの、もう一本コーラ飲みたいんですけど」
美少女はピザを半分ほど食べきって、さらにコーラを要求してきた。
「はァ、うるさい。ふざけんな。勝手にピザを食いやがって」
「そうですねえェ。当分、ピザなんて食べられませんから。どうぞ、海野さんも召し上がってください」
彼女はオレにもピザを勧めた。
「なにィ、どう言う意味だ」
「だってもうじき逮捕状が出ますので。
拘置所ではもちろんピザなんか食べられませんよ」
美少女は不敵な笑みを浮かべた。
「な、拘置所だって。なにを言ってるんだ。ふざけんなよ」
「たとえ神が許しても、このアンジェラが許しはしないわ」
「なにィ……?」
「貴方が石原百合香さん殺害の真犯人に決定」
まるでアイドルのようにダンスパフォーマンスをしながらポーズを決めた。
「なッ、なにを言っているんだ!」
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