ウロボロスのタイムライン

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ウロボロスのタイムライン

「重力は時間だ。 それが重くのしかかれば時間は遅くなり、軽くなれば早く時間は流れる。 時間とはエネルギーがエントロピーの法則に則って物体を崩壊させる力が重力とせめぎ合う事で生まれる。 では一人だけ『重い男』が居れば彼はどうなるだろうか。 答えは簡単だ。 彼は彼自身の重力で彼の時間を遅くしてしまう。 彼は全く崩壊せずに周りだけが『早回し』のように崩壊していく。 それは目にも止まらぬ速さだ。 しかも彼にとっては目にも止まらぬ崩壊は一瞬の出来事であり彼は重く崩壊が遅いだけで崩壊しない訳ではない。 彼は誰とも出会わないまま停滞した時間を高速に過ぎる時の中で過ごすのだ。 前置きはここまでで良いだろう。 崩壊とはつまり『そのままではいられない』事なのだから。 僕らはそれをより良い方向に変えていけばいいと考えついたのだ。 エントロピーが崩壊の方向へ働くなら今を崩壊させてより良い次へ自らを進めていくのだ。 だから君は『これ』をどう思うかね? これは君には崩壊しただけの姿、つまり『死体』に見えるかね? 私が持っているこの刃物で切り刻み、そこに転がっている君の恋人であり僕の元恋人が『死んで』崩壊したように見えるかね? いいや?僕にはそうは見えない。 アレは、いいかね?『改善』されているのだよ。 彼女が僕と離れたというエントロピーの増大は元には戻らない。 ゆで卵が決して生卵に変わらないのと一緒だ。 だがね?エントロピーの増大と減少というのはあくまで人間が作った恣意的な区分に過ぎないというのはご存知かね? つまり君は誤解をしているのだ。 洗脳と言い換えてもいい、そこの彼女がそうなっているのを見て悲しんでいるだろうが、それはただのエントロピーの『結果』でしかなくそうなるのが悪い事だと君が恣意的に選択しているに過ぎないのだよ。 何を言っているのかわからない? 僕は君に救いをあげているんだよ。 『悲しまなくても苦しまなくてもいい』 『これが悪い事だと思わなくていい』 『誰かから押し付けられた価値観で判断しなくていい』とね? 生物は放って置くと増えていく、コレは自然現象だ。 これが自然現象として起きる限りにおいて、生物の生存は秩序やエントロピーの低い状態ではなく、寧ろエントロピーの高い増大状態だと言える。 どれを秩序と見なし、どれを無秩序と取るかは勝手なのだよ、人間のね。 だから私は彼女がまだ若くて、これからも長く生きるというエントロピーの増大に反逆しエントロピーを逆転させた。 即ちこれはエントロピーの増大という無秩序に対する秩序だ。 エントロピーの逆転が君の目の前で起きたという事はどういう事だと思う? そう、君がどんなに彼女に泣きついても手に入らなかった彼女の『初めて』すら、エントロピーの減少により時間を逆転させて手に入れられる可能性が出てきたんだ。 そんなに怖い顔をしないでくれよ、君が彼女の初めてを捧げられた僕に相当な嫉妬と敵意を抱いてるのはわかっていたがね?僕は君には悪意なんて一つもこれっぽっちもないのだよ。 さて、ここに彼女を刺した刃物がある、コレは僕らが作った特殊なものでね? タイムマシン………のようなものだと思ってくれて構わない。 つまりだね?君が『これ』を『エントロピーが減少した姿』と仮定できるなら君はエントロピーを減少させられる事を信じる事になる。 それにこの刃物は反応して時間を戻す、本当だとも。 僕は君には幸せになって貰いたいんだ、一種の人間愛だよ。 信じる者は救われる、でも信じない者は永遠に救われないんだ。 さあ手に取り給え。 僕を刺してもいいし、これで過去に飛んでもいい。 君は僕を許し彼女の今の『死に見える現状』を悼まないならば『軽い男』となり世界を停止させその中を高速で動く。 停止したゼロからの『動』は全て等しく無限大の速度となり簡単に光速を超えて、君を過去に導く。 どちらを選ぶかは君次第だ。 おや?それで僕を刺すのかい。 ありがとう、これで僕は『秩序』の方へ仲間入りだ。 これでやっと『どんなに泣いて拝んでも手に入らなかった彼女の初めて』が手に入るよ。 ああ、最初からそうだったと君が認識しているのは君がその結果も怒りも変えなかったからだ。 僕が彼女を刺してみせた時点で君は僕に怒りその時点で過去が変わる事が決まっていた。 わかるかい?君は今『自ら彼女を手放した』んだ。 人の善意を疑ったから、僕は君と出会う前の彼女に会いに行けるよ、それじゃあまたね、さようなら。」  そう言って男は彼を刺した男の目の前から消えた。  まるで重さが無くなったかのように。
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