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「うん……? ええと、……誰だったかねぇ?」
「……ばあちゃん、俺のことわかんなくなっちゃったの?」
ひっそりとした碧斗くんの声は、微かな震えを隠せていませんでした。その視線は、久方ぶりに私に向けられています。
「おばあさまは、私を『碧ちゃん』だと思っているのです」
「……なんだよ、それ」
全然似てねえのに、と小さく続くのが聴こえました。
「父さんから、病気のこときいた。忘れていくとか……そんなん、……ばあちゃんがばあちゃんじゃなくなっちまうじゃん……」
碧斗くんは嫌そうに視線を逸らして、チッ、と小さく舌打ちをします。
「そういえば、傷はもういいのかい?」
ふいに、おばあさまが大きめの声でそう問いかけました。その視線は私のほうを向いています。
「リアムちゃん、何度もこう、刺していたじゃない。あの時の傷はもう大丈夫なのかい?」
おばあさまは、自らの右手をグーにして、左上腕に差し下ろすような動作を幾度か繰り返します。けれども、なんのことだかさっぱりわかりません。不思議に思いながら碧斗くんを見やると、彼はおばあさまの仕草を凝視しています。その顔は、まるで怒っているようにも見えました。
「ばあちゃん、その話もっと教えて?」
碧斗くんがそう言って椅子の前にしゃがみ込むと、おばあさまは条件反射のように自然に「碧ちゃん」と呼びかけました。
「碧ちゃんはやっぱりリアムちゃんが心配なんだねぇ。大切な弟だもんねぇ」
私は、そこで予期せずいつかの答えを知ることとなったのです。
おばあさまから話を聞いた碧斗くんは、突然私の手をぐいぐいと引きながら、お母様の部屋へと向かいました。碧斗くんにこんなふうに手を引かれた記録はありませんが、なぜなのでしょう、私は懐かしさを覚えていることに気づきました。
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