2. 2025年3月13日

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2. 2025年3月13日

 ロンドン行きの便の中、シートモニターでMr. ビーンの映画を観ていた。まさか、空の上でローワン・アトキンソンの姿を見ることになるとは思わなかった。ビーンの運転するオースチーン・ローバーが立体駐車場から凄いスピードで出てきて、すぐ近くを走っていた青いリライアント・ロビンという三輪の車にぶつけようとする。青い車はスレスレのところで避けるが、避けた勢いでひっくりがえる。何故Mr. ビーンがこの青い車をいつも目の敵にしているのか、そして何故イギリス人がこのようなシーンがツボなのか、笑いどころが分からない私は隣の席の母に聞いてみた。 「前に、マディソンと電話で話をした時に同じことを聞いてみたのよ」  母はそう前置きして、以下の説明をしてくれた。  どうやらそのリライアント・ロビンという車は二輪の免許で乗れ、低所得者層が主に乗るような車だから、イギリス人にとっては笑いの種なのだそうだ。だからビーンは多くのイギリス人と同じようにそんな車を馬鹿にして、バックでぶつけたり、追いかけて路上でひっくり返してみたりと目の敵にしていじめているというわけだ。だがビーン自身もそんなに良い車には乗っておらず、そのくせ青い車を見下しているという間抜けな構図が、観ている人々にとってはツボなのだという。  母の懇切丁寧な解説を聞いた後でもなお、釈然としない私は首を傾げ続けていた。 「ママ、私にはイギリス人のユーモアは理解できない。このまま移住したとしても、学校や地域で孤立するに違いないわ」  ネガティヴ思考に陥っている私に、母は慰めの言葉をかけた。 「そんなことじゃ孤立しないわ。そもそも、まだイギリスに住むかどうかすら決まっていないんだから」  この時の私は、Mr. ビーンとは全く違う理由でその青い車を嫌いになることになろうとは、夢にも思っていなかった。
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