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≪1≫ 悪夢再来
*
五年後、夏。
『殺害されたのはサクラアヤさん、二十歳、美容師見習いとのことで、最後にサクラさんの姿が目撃されたのは――』
時計代わりに惰性でいつも流しているテレビ。そのスピーカーから聞こえて来た名前と二つの眼球が捉えた文字に、俺は咥内に留めていたコーヒーを、喉を鳴らして強制的に胃袋へと送り込んだ。
「は、嘘だろ」
険しい顔をした捜査官、青いビニールシート、近寄るなと警告する黄色いテープ。そしてどこか懐かしい、泣きたくなるような風景。
現場の映像とスタジオの映像が切り替わり、ニュースキャスターは今まで事件が起こる度に言ってきたであろう定型文を淡々と口にして、番組を滞りなく進行していく。が、俺にとってそんなことはどうだっていい。肝心なのは被害者の確認だ。
「いや、んなわけ、ないだろ」
ごとりと乱暴にコーヒーカップをテーブルに叩き付け、祈るように目を瞑った。テレビ画面に表示されている顔は、名前は、きっと別人だ。同姓同名の別人に決まっている。そう、信じて。
佐倉 綾
画面に大きく映し出された被害者の写真は、皮肉にも俺の記憶により濃く残っている学生時代の綾のものだった。偏には言い表せない感情が、ぐるぐると渦を巻いて全身を朧げに侵食していく。
『なお、サクラさんの傍には〝まずは一人目〟という謎の言葉が書かれた紙が置かれており――』
マズハ、ヒトリメ?
顔面蒼白。ザッと血の気が引いた。繋げたくはない。思い出したくもない。でも、否応なしに甦るのは――あの夏の出来事。
『千秋、どうするの?』
『俺達とんでもないことを…』
『だから止めようって言ったのに!』
『……千秋』
ザクッ、ザクッ、ザクッ、
「――っと、」
耳障りなバイブ音と振動で、一気に現実世界へと引き戻される。
ラグマットの上に放置していたスマートフォンは規則正しいリズムを保ち続け、得も言われぬ不快感を煽った。ディスプレイに浮かび上がる番号にも心当たりはない。だとしても。
「もしもし?」
なにか予感がした。出なければならない大切な電話なのだと。
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