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『千秋だよな?』
「っ、」
『突然で悪い。実家に電話したらこの番号を教えられたから』
耳から入った優しい低音は、脳を直接揺さぶる。この声の主は。
「……お前、聖か?」
『ああ、そういえば名乗ってなかったな。そうだよ、聖だよ』
ぐうと喉の奥が鳴る。叫びだしたくなる衝動。涙さえ浮かんでしまいそうな脆弱ぶりは、過去の自分に引き摺られたのか、或いは。
『綾のこと知ってるか?』
「……さっき、見た」
ああ、馬鹿だな。冷静に考えればわかることなのに。聖からの電話を懐かしんでいる場合ではなかった。このタイミングで俺達が連絡を取り合う意味なんて、一つしかないじゃないか。
『罪と罰、俺達はきっと』
「っ、聖!」
弱々しい聖の言葉を遮り、声を荒げる。
『……悪い、千秋』
聖は電話越しにでもわかるぐらい本当に申し訳なさそうに謝り、それっきり口を閉ざしてしまった。そんな聖にかける言葉が思いつかず、俺もつい無言になってしまう。お互いに察していたのだろう。
口を開けば俺達は、瞼の裏に思い出す。
もしもあの頃に戻ることが出来るのなら、俺はなんだってする。いや、俺達はなんだってしなければならない。
犯した罪の代償はあまりにも大き過ぎて、今もなお黒く黒く胸の奥に燻り続けている。どうして俺達はあんなことをしてしまったのだろう。どこで道を踏み外したのだろう。歪みはじめていた日常に、なぜ誰一人として気が付くことが出来なかったのだろうか。
「………美菜」
無意識に口走った名前に、体温が消えた。
「っ、…俺、もしかして、いま、」
情けなくも声と手が震え、それは遠く離れた聖にも伝染して音もなく共有される。たっぷりと間をおいて、絞り出された死刑宣告。
『千秋、覚悟を決める時なのかもしれない。俺達は償わないといけないんだ。結局、逃げられないんだよ』
「償うったって…」
『戻ろう、俺達の故郷へ』
「けど、」
『あそこには綾もいる』
聖の言葉に、先程まで流れていたニュースの映像を思い出した。懐かしいと感じた風景、あれは間違いではなかったのか。
「……聖、俺、オレ…」
『わかってる』
もう、後戻りは出来ない。もう、逃げることは出来ない。
もう、もう、隠せない。
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