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「変わらないな、ここは」
ずっと無言で進んできた山道で、ふと口を継いで出た言葉。
濃く、絵の具で塗り潰したような緑。子供の頃はそれこそ自分達の庭だとさえ思っていた。特別な、場所。特別な、秘密基地。
「本当に、嫌になるぐらいここは変わらない」
「……そうだな」
「時が止まったままみたいだ」
頭を垂れ、両手で顔を覆う聖の表情は読み取ることが出来なかった。じわりと背中を中心に広がる汗の粒がシャツにはり付き、暑さを強調してくれる。変わらない風景と、変わってしまった俺達。
〝あの日〟の自分が今の俺の姿を見たら何を思うのだろうか。もう二度と帰らないと決めていた場所へと無様に戻ってきた自分を。
『ちーちゃ、ヤ、だ……嫌だ、よ…』
ぐらりと大きく揺れる視界。それに伴って不安定に一歩、二歩と後退する俺を、聖は力強く片手で支えてくれた。
「大丈夫か?」
「…ん、ああ、悪い。ちょっと暑さで眩暈が、な」
「足元も悪いからな、ここ」
「そうだな。そういえば、そうだ。気を付ける」
要らぬ心配をかけないように微笑んでみせる俺に、聖もまた同じものを返してくれる。そんな聖の柔らかな微笑みが過去の記憶と混ざり合い、胃の奥がじくじくと痛んだ。
「陽が暮れる前に行こう」
既に傾きかけている太陽が、常闇の世界を手招きしている。この森の闇は異常だ。深く、深く、暗い。深く、深く、哀しい。
小さくその場で深呼吸をし、ぐっと足の裏に力を入れて姿勢を正した。落としてしまっていた荷物も、もう一度しっかりと肩にかけて進行方向を見据える。ここで立ち止まるわけにはいかないから。
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