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その刹那。
緑に潜む、歪で無邪気な笑みを見逃すことなんて出来やしなかった。いや、例え俺が見逃していたとしても、向こうが赦してくれる筈もない。俺は、俺達は。目の前にいる少女の顔を、誰よりもよく知っている。姿形は幼いけれど、あの子は間違いなく、
「………美、菜」
それは、自分達が犯した罪。震える唇から作られた名前に、少女は答えを確信させるかの如く、より一層歪な笑みを浮かべた。
「《ひとごろし》」
細く、白すぎる腕をゆらゆらと揺らし、その指先は俺と聖の心臓を貫いていく。バカみたいに噴き出していた汗は瞬時に引き、かわりに恐怖と鳥肌を与えてくれた。再び、大きく歪む唇。
「《ちーちゃん、ひーちゃん、あそぼぉ?》」
美菜だ、
美菜だ美菜だ美菜だ美菜だ美菜だ美菜だ美菜美菜美菜美菜美菜美菜美菜美菜美菜みなみなみなみなみなみなみなみなミナミナ、
『ちーちゃん』
そうだよ。俺が、この俺が、聖よりも何よりも誰よりも知っているじゃないか。どうして五、六歳ぐらいにしか見えないのだろうとか、あり得ないだろうとか。混乱と拒絶の狭間で浮き沈みする思考をすべて放棄したい。でも〝あれ〟は間違いなく美菜だ。
透き通るように白い肌も、病的に細い手足も、妖しく開く唇も、艶やかな濡れ羽色の黒髪も、大きな瞳も、全部、ぜんぶ、ぶんぶ…
何で?
何で、何で!!
だって美菜は
〝あの日〟埋めたじゃないか。
でこぼこの地面と自分の足との境目がわからない。まるでその辺りに生えている木にでもなってしまったのではないかと錯覚させるほどに。ただ、頭のなかだけは甚く冷静だった。
もちろん混乱と恐怖心はそう簡単には拭えやしない。それでも、一つだけ思うこと。揺るがない想い――美菜は綺麗だ。
こんな状況で、こんな非現実的な空間で、頭が可笑しいのではないかと吐き捨てたくなる。そんなのわかってる。それでも思ってしまった。感じてしまった。焦がれてしまった。自分があんなことをしておいて、綾の死と何らかの関わりがある人物かもしれないのに。
ぞくりと、背筋を駆け上っていくその快感の理由は。
「《ゆるさないから》」
数メートル先。
追い掛ければすぐに追い付ける距離にいる少女を、俺達は言葉の意味と重さを理解して追うことが出来なかった。気が付けば、ひぐらしの鳴き声はもう聴こえない。森が、深い眠りに入る。
恐らくは美菜と共に。
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