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≪3≫ 再会と再往
*
あれからどのようにして森を抜けたのか、あやふやにしか覚えていない。興奮が冷めきった今となっては、美菜の幻影に惑わされてしまっただけのような気もするけれど。
畏怖の念か、後ろめたさか。
どちらにせよ碌でもない腐りきったクソみたいな感情。それが美菜を作り出してしまったのだとしたら、一応の説明はつく。それでも偽物にしてしまえない恐怖は〝二人〟で感じ取ってしまった。
「千秋」
「……ん、ああ」
白檀のほのかに甘い香りが充満する部屋のなか、トンと優しく叩かれた背中。喪服姿の聖は、表情を殺して密やかに囁く。
「大丈夫か?」
「…まあ、そうだな、なんとか」
「顔色ひどいぞ」
「っ、それは、……いや、なんでもない」
逆に、何でお前はそんなに平然としていられるんだよ。〝あれ〟を一緒に見ておいて。お前の方こそ大丈夫なのかと問うてやりたい。
まあ、俺にだけは言われたくもないだろうけど。
「外に幸次が居たんだけど、千秋も会って来るか?」
パキッと目の奥が弾けたような鋭い痛み。
早紀との再会が衝撃的だったせいか、幸次も――と無意識に構えてしまったのかもしれない。そんな俺の情けない心中を察してくれたらしい聖は、更に声のトーンを落として言葉を続けた。
「幸次は何も変わってないよ。少し太ったぐらいかな?」
「……そうか」
「ん、だから安心して会ってきな」
ひそひそと、通夜の参列者からは噂話が聞こえてくる。
(それは、そうだろうな)
こんな田舎の平和ボケした土地では無縁だったはずの殺人事件。
村人全員と顔見知りといっても過言ではない狭い世界での話だ。今この場所でだって油断すると引き摺られそうで息が詰まる。
特に綾と仲が良かった俺達には不躾で容赦のない好奇の目がそこら中から悪意を持って向けられ、それが苦痛で仕方なかった。
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