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「わー!やっぱりここは空が高い」
都会の埃っぽい匂いだとか、濃い排気ガスの匂いだとか、そんなものの一切ない世界。見渡す限りの緑と青、時々白。
背筋をピンと伸ばし、両手を大きく広げて深呼吸をした。空気が美味しいだなんて台詞は、千社以外ではなかなか言えない。
「変わらねえな」
「ほんと!千社はずうっと千社だ」
これが私達の故郷。生まれ育った大好きな村。
「お婆ちゃんのお墓参り、行かなきゃね?」
「ん、そうだな」
それぞれの想いを乗せて過ごしてきた村。掛け替えのない瞬間を共に過ごした季節。春も、夏も、秋も、冬も、そしてこの〝夏〟も。
きっと、ずっと、掛け替えのない想い出として残るのだろう。
「早紀、行こう」
目の前には、手を差し伸べてくれる大好きな人がいる。これからも共に過ごしていきたい大切な友がいる。なんて幸せ、こんな幸せ。
「待って、みんな!」
土と砂利の混ざった道を走った。ただ、前だけを見て。
「早紀ー、こけんなよー!」
「転ぶ前にちーちゃんが支えるでしょう?」
「あー!もうマジで婚活しよ!……寧ろ、ワンチャンこの同窓会に賭けるのもあり?誰か良いの残ってたっけ?奥村とか独身?」
「……綾、程ほどにな?あと奥村は既婚者」
「んもお゙~!」
「あははははは!」
盛夏の強く白い陽射しが肌に落ちてくる。あたたかな光の束が背中を押してくれる。だから、走れる。まだまだ、もっと、もっと。
(好き、大好き。みんな、ありがとう)
そっと呟いた告白を胸に、一番うしろで泣いたことは誰にも秘密。千秋にも、内緒。これは私の、景山早紀だけの、――秘密の夏。
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