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「優香……寝ようか」
夫の英嗣が言った。
「あ、うん……先に行ってて。片付けたら行く」
正直なところ、英嗣と一緒に寝るのが苦痛で仕方なかった。
優香はキッチンの片付けを終えると、寝室に向かった。
――そろそろ寝てるかな。
「うわっ、寒っっ!」
寝室を開けた途端、優香の身体は冷気に包まれた。クーラーがガンガンに効いているのだ。
優香は英嗣が寝ているのを確認すると、英嗣の枕元にあるリモコンをそっと取り、設定温度を23℃から28℃まで上げてから眠りについた。
夜中にピッピッと電子音が鳴り、クーラーの吹き出し口から冷風が勢いよく吹き出す。
――あ、やられた。
思いながら、優香は布団を身体に巻き付けた。
翌朝、優香はいつもの頭痛に襲われる。
英嗣が出勤すると、クーラーを停止させ窓を全開にする――と爽やかな風が室内を吹き抜けた。
外は蝉が賑やかに鳴いている。
外気を浴びながら、ベランダで花の水やりをしていると、徐々に温まった血液が身体中を巡り首と肩の強張りが和らいできた。
優香は極度の冷え性なのだ。
対する英嗣は暑がりで、夏の夜はリモコン争奪戦が繰り広げられる。
おおかた、優香が負けるのだが……。
夏になると英嗣との関係がギクシャクするような気がするのは、気のせいだろうか。
「最近寝不足なんだよなぁ……」
夕食時、英嗣が言った。
それは、優香がクーラーの設定温度を上げるからだろうか。
「いっその事、寝室別にする?」
「え!? 何で?」
英嗣は至極驚いた表情で言った。
「暑いんでしょ?」
「いや……クーラー付いてるから暑くはない」
「でも私は寒いんだもん」
「……じゃあ、俺にくっついて寝ればいいじゃん」
思いも寄らない言葉が返ってきた。
「は? ……え?」
「だって冬はそうだろ? 『寒い寒い』って俺にくっついて寝るくせに――」
確かに冬になると湯たんぽ代わりの英嗣にぴったり寄り添って寝る。
「夏になったらいくら温度下げたって、俺んとこ来ないじゃん」
「……え? 何それ」
まるで『北風と太陽』のように、23℃設定の北風と、28℃設定の太陽が、優香に被さる分厚い布団を脱がせようとしていたようだ。
太陽が照らして優香が布団を脱ぎ始めるのだが、それにはまだ続きがあって……。
その後、そこへ再び北風を吹かせるのだ。
すると「寒い」と言って優香が英嗣にすり寄ってラストを迎える――のが英嗣のシナリオだったようなのだが、優香は、再び布団にくるまる。
その繰り返しをしていたと言うのだ。
「えー!? そんなことある!?」
夏の夜、夫の英嗣はそんなことをしていて寝不足になったようだ。
――可愛すぎるーー!!
その日、熾烈を極めたリモコン争奪戦に終止符が打たれた。
優香は熱い眼差しを英嗣に向けながら言った。
「今夜は28℃だと暑いかもね」
【完】
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