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ハッピーエンド
これは、私の友人の話。
彼女はとても優しい子だった。
そしていつも幸せそうに笑っていた。
――最期まで。
一昨年の夏、あの子はひとりの青年と出逢った。彼は病弱でずっとベッドで本を読んでいるような人だった。
湖に遊びに行ってはしゃいでいた時、転んで怪我を負った友人に声をかけてきた。
ありきたりな、平凡な出逢いだったけれど、その日からあの子と青年はささやかな交流を始めた。
病で激しい運動が出来ない彼にとって唯一外に出られる時間は軽い散歩の時間だけ。短い時間だけれど、静かに会話をしてまた明日という言葉と共に静かに別れる。
2人は読書という趣味が同じだった。そのうちあの子は毎日本を一冊持って出かけていくようになった。帰って来た時には違う本が握られている。話を聞くと彼と本を交換しているそう。
とても楽しそうだった。彼の話をするあの子は幸せそうで、その表情はまるで恋をする少女のようだった。
……ああ、いつのまにかあの子は彼に恋をしていたんだ。
あの子も、恋をするんだ。
あの子の気持ちに気づいてから、私は密かに応援するようになった。だってあの子、自分の気持ちに気づいていないんだもの。
時々、あの子の後を追って彼との様子を見ていたりもした。あの子が何かを話すたび、嬉しそうに笑っていた。
……なんだ、両想いなんじゃん。
ふとそう思った。
どちらも幸せそうで、とてもキラキラしていた。
だけど。
しばらく経ったある日、嬉しそうに出ていったあの子は泣きながら、私に抱きついてきた。あんなに泣くあの子を見たのは、それが初めてだった。
――彼の余命がもうすぐ尽きる。
あの子の涙の理由はそれだった。
漠然と、理解していたことだ。私もこの子も、そして彼も。
だけど、みんなきっと考えないようにしていたんだ。
だって、あまりにも儚すぎるから。
けれど彼の病はあの子と出会った時、既に末期の状態だったらしくいつ寿命が来てもおかしくなかったらしい。
症状は教えてくれなかったけれど、彼の母親が静かにこぼしたことがあったという。
――まるで死神の祝福だ。
そんな表現をした彼の母親は泣いていたらしい。
私自身はさほど交流はないけれど、彼の死期が近づいていると知って胸が痛んだ。彼を思ってではない。彼を失ったあの子が悲しみに暮れるだろうことが判っていたから。
私はかたちばかりの慰めをあの子にかけ、実らないだろう祈りを捧げた。
――だって、きっと奇跡なんか起きないから。
だけど、それはきっとあの子にとって最悪の後押しだった。
慰めをかけた翌日、あの子はいなくなった。必死に探したけれど見つからなかった。
だけど同時に彼も行方が判らなくなったらしい。
……ああ、きっとあの湖だ。
キラキラと輝く、まるで別世界への入り口のようなあの湖。
何故かふとそんな気がした。
私は大人たちには告げずに湖を目指した。あの子に呼ばれているような気がしたから。
走って走って、たどり着いた湖にあの子たちはいた。やっぱりここだった。
さほど広さのない湖だから向こう岸に立っている2人がよく見える。
2人は抱き合っていた。顔はよく見えないけれど、なんとなくこれからなにが起こるのか予想がついた。予想がついて、私は動けなかった。いや、動かなかったんだ。
背後から大人たちの大声と足音が聞こえてくる。
――どうか間に合わないで。
私はそう願った。
果たして。
その願いは叶えられた。
先頭を走っていたのは彼の母親とあの子の両親。その三人の目の前で、あの子と彼は――湖へと身を投げた。
月夜にかかる水飛沫、それをかき消す大人たちの怒号と泣き声。
みんな悲観した。残酷だと、誰かが言った。呆然と湖を眺める人、助けようと湖に飛び込む人、馬鹿なことをしたと吐き捨てる人。
そんな大人たちのなかで、私はひとり笑っていた。
あの子を送ってしまった絶望とあの子の初恋が成就できた喜びが混じって、私は笑った。
私は笑ったことで大人たちの怒声と叱責があがる。だけど私は気にせず声を立てて笑った。
「おめでとう」
そう、一言だけ言って、私は湖に背を向けた。
あの子と彼の親たちはまだ泣き叫んでいる。残酷な結末だと、言いながら湖に向かって手を伸ばしながら。
あれが悲劇? ……馬鹿だね。馬鹿だよね。あれは悲劇じゃない。少なくともあの2人にとっては最高の結末だよ。
だって遠目に見えたあの子たちの顔は。
――今までで一番、綺麗だったから。
親たちにとっては悲劇でも、あの子たちにとっては喜劇なんだよ。だって、2人で一緒に逝けたんだよ。
肉体から切り離すだけで、2人は自由な世界に行けたんだもの。
――さあ、祝福をしよう。今日はひとつの喜劇が生まれた日なんだ。
私は讃美歌を口ずさみさながら、帰路に着く。もう隣にいないあの子と彼を想いながら。
…………
……
…
これでこの話はおしまい。
あの日を思い出すたびに私はこの日記を読み返す。そしてそのたびに何度も言うだろう。
――最高の『ハッピーエンド』だと。
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