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 国道を挟んで北へと延びるこの道は、基本、藤堂家に用事のあるもの以外誰も通ることはない。川下にある司の家からせいぜい三キロ程の距離ではあるが、川上へ向かうにつれて傾斜は徐々に厳しくなり、最後の急坂でいつも司の息は上がってしまう。最後の数百メートルにさしかかったところでいつも通り足が重くなったが、ここで足を止めたら負けだ。必死の形相で一歩一歩足を運んでいると、前方から白いセダンが坂道を下ってくるのが見えた。場所柄、運転しているのは藤堂家の当主、(ゆずる)であることは分かったのだが、運転席に座るその姿を見て思わず司の足が止まる。 「ねっ、ネクタイしてる!」  びっくりして誰にともなく声をあげた。普段は大抵軽トラックに乗っているし、司の父親と同じような作業着を着ているのに。地域の行事の時などに和装姿を見ることはあったが、もしかしたら譲のネクタイ姿を見たのはこれが初めてかもしれない。この道ですれ違ったのでなければ、気づかずに通り過ぎただろう。  司の少し手前で車はゆっくりと停車した。走り寄ってみると、運転席の窓が開いて、きれいにアイロンの掛けられた長袖シャツにブルーのネクタイを締めた譲が顔を出した。 「おはよう。今日も暑くなりそうだね」 「お――はようございます。びっくりしたぁ。珍しい恰好してるんだもん」  譲は「驚かせてごめん」と笑う。 「(まもる)に相談があるから本社に来いって呼び出されてね。今日から数日家を空けるんだ」 「うそっ。それって藤堂製薬の本社だよね。都会のど真ん中にあるんでしょ? いいなぁ。俺も連れてって欲しいー」 「仕事で行くところなんて、面白いことは何もないよ。……司くんはうちに用事? 歩くんに会いに来たのかな」 「はい。あと、おかんのお遣いで咲子おばさんに届け物」 「そっか。……あ、そういえば昨日、学校で何かあったりした? 歩くん、元気がないように見えたけど」 「あー……、うん。ちょっとね。でもま、心配しないでもらって大丈夫です。俺、フォローしとくし」  言葉を濁す司を譲は黙って見つめていたが、ふと目を細めると、「そうしてもらえると助かるよ。いつもありがとう」と言って微笑んだ。 「今日から夏休みだし、いつでも遠慮なく遊びにおいでね。……それにしても、ちょっと汗だくすぎない? 着いたらすぐに咲ちゃんに何か飲ませてもらってね。熱中症には十分気を付けるんだよ」 「うん。ありがと。行ってらっしゃい」と答えると、譲は笑顔で「行ってきます」と言って、司が来た道を下りていった。
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