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 夏休み初日――、いつもなら開放感しかないそんな日でも、中学生活三年目の今年はどこか気ぜわしくて落ち着かなかった。  狂ったような真夏の暑さは、午前九時を過ぎたばかりの時間にもその片鱗をのぞかせていた。背負ったリュックは母親に無理やり詰め込まれた夏野菜でずっしりと重く、背中が蒸れて気持ちが悪い。Tシャツと短パン姿で川沿いの町道を走る(つかさ)の額からはひっきりなしに汗が滴り落ちてくる。出発前にスポーツドリンクを喉に流し込んできたのは正解だった。体の水分が足りなかったら途中で具合が悪くなったかもしれない。  本日の降水確率は0パーセント。坂道を走りながら周りを見渡しても山、山、どちらを向いても山。それはさながら天然の檻のようでもある。四方を緑の塀に囲まれた空を見上げると、抜けるように真っ青な夏空が広がっていて、夏の日差しが裸の腕をじりじりと焼き始めていた。  司の住む「巳ノ淵(みのふち)」と呼ばれるこの集落は、谷底に流れる川沿いに細長く広がっている。この川沿いの一本道は、(あゆむ)の住む藤堂家へと続いていた。地方の過疎化が進む昨今、こんな不便なド田舎の人口なんて激減しそうなものだが、この地区の戸数は戦前からずっと横這いのまま推移している。巳ノ淵地区の中心部はスクールバスの停留所がある国道よりも川下にあるのだが、歩の暮らす藤堂家は、国道を挟んで川上にぽつんと離れて建っていた。  長く緩やかに続く坂道を登って、片側一車線の国道にさしかかる。この辺りの人が利用する私鉄の駅がある山のふもとの街と、峠の向こうにある隣の市を行き交う車で国道の交通量は多い。道路の脇に立ち止まって車をやりすごすと、国道を横断し、司は再び川に沿って坂道を走り始めた。ここから歩の家までは、あと一キロ半程度だ。そしてこの道の行き着く先には、巳ノ淵の禁足地――『(その)』へと続く山道の入り口があった。
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