溶けない怒りに砂糖を加える

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 では何故アイスは溶けるのか。  僕は再度、深淵を覗く。  怒りだけでは解決には至らず、正しい分析が必要なのだ。僕は至って冷静だ。  ――つまりアイスの主成分たる牛乳が、常温では液体であり、固体を保っていられないから溶けるのだ。  僕はもう少し踏み込む。  ――であれば、常温で固体である牛乳があれば、アイスは溶けないのではないだろうか。  鋭い考察と閃きに、脳の奥から快感物質が流れ出る音が聞こえる。  まだ甘ったるい喉元を片手で押さえながら、僕は更に考えた。  ――しかし、常温で固体である牛乳なんて、現状では存在しない。  僕は即座に否定する。  ――無いのであれば、作ればいい。  極めて明瞭な解決策に行き着いた。  幸いにして、僕は大学で生物学を学んでいた。  学舎(まなびや)を離れて久しいが、少し勉強し直して母校に頼み込めば、あと少しお金でも渡しておけば、大学院へ入れてくれないだろうか。  そしてそこで常温で固体となる牛乳、あるいはそれを生み出す乳牛の品種改良に(いそ)しめば、きっとアイスは溶けないはず。  ――僕は、固体牛乳を作る。  なので、僕は生物学者になることにした。  僕が生物学者になりさえすれば、アイスは溶けない道を辿るはず。  その大いなる真理の探求心と、アイスが溶けるという理解不能な不条理に対する怒りの前では、今勤めている会社を辞めることなど造作もなかった。
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