リイチ.7

1/1
前へ
/61ページ
次へ

リイチ.7

「じゃあ母さんはやっぱり、村がどうやって金銭を得ていたのか知っていたんだね。農業だけして食い繋いでるわけじゃないって、最初から知ってたんだね?」  責めるでもなくそう言うと、母は細い体をさらに小さく縮こまらせて、 「ごめん」  と詫びた。  実際責めたてる気はなかった。私は自分の抱いてた疑念が見当違いでなかったことを知り、やはりかと溜息をつきながら納得していたのだ。 「それで?」  母が言うには、祈願成就は絶対なのだそうだ。  百発百中、相手を仕留めそこなったことは一度もないという。それは母なりの見識で言えば、いわゆるお祈りの類とは違い、確実に作用する力の源があるからなんだそうだ。  それを言語化すれば、 「因縁と怨念」  ということになるらしい。  因縁というのは先程の例になぞらえるとAとBの繋がりにあたる。例えば私などが、テレビで見ただけの芸能人を怨立師に頼んで殺すことは出来ない。両者の間に因縁がないと力が通らないからだ。ではその力が何かと言えば、それは怨立師だけが持つ門外不出の技の真髄であるという。怨念をもって開いた通り道によって、因縁の相手まで力を届けるという理屈であるらしかった。  ただしひと言で怨念といっても、強く恨めばそれで済むというわけではないそうだ。もしも強く思う意志だけで願いが叶うなら、そもそも村の存在意義が成り立たないし、この世は怨念による無責任な殺人で溢れかえることになるだろう。とは言え、胡乱なものの中にこそ真実は存在するものだ。  もしも本当に怨念だけで人を殺すことが出来たら?  証拠も残さず、確実にそれを実行に移せるとしたら?  今現在、人を殺したい程憎んでいるとしたら?  そこに、怨立村への道が開けていたら?  ――― やるか、やらぬか。  理屈が何であれ願った通り人が殺せる。  証拠が残らない以上逮捕もされない。  現行の法律では誰も捌けない。  だから、昔から怨立村には警察関係者の依頼人が多かったらしい。誰にも捌けない以上、怨立師の前には国家権力などあってないようなもの。母曰く、依頼人は基本的には紹介制だというから、どうしたって地位のある人間から枝葉別れした連中らが村に入ってくることになる。 「でも、それじゃ母さん」  もしも村が昔のまま、タミエの言うように何も変わらずこの山に存在しているならば、誰にも罪を捌けぬ人殺したちの村に我々は足を踏み入れたことになるのだ。 「そうと知ってて何故帰ろうと思ったんだ!」  ことここに至ってようやく私は母を責めたが、 「今も村があの頃のまま続いているとは思わなかった」  と母は頭を振った。危険な場所であると分かっていて私に連れて来させたわけではない、そう言いたいらしい。だがここにはまだ、私の知らぬ裏の事情がありそうだった。 「じゃあ、母さんの父親がこの村を取り仕切ってるとして、その場合、少なくとも私たちを排除しようとする流れにはならないと思っていいのかい?」 「分からない」 「ど、どうして」 「村にいる力のある人間が私の父だけとは限らないし、そもそも母さんとあの人は、絶縁しているようなものだから」 「そんな」 「どうしても、お爺様の墓前に手を合わせたかった。もしそれが実現出来たらその時は、そのままこの村で死んでしまおうと思っていたのよ。東京にいてはお前に迷惑ばかりかけることになる。どうせ治らない病なら、最後はここでと」  私はこの夜、ほとんど一睡も出来なかった。母の話に出て来た怨立師の実力がいかなるものか知らないが、タミエの話では実際に、今この村には怨立師に会いに来た依頼人がいて、そして誰かを呪い殺そうと画策しているのだ。そんな連中に会いたくなどなかったし、我々は(特に私は)それがどんな年恰好の連中かも知らない。無駄に歩き回ってすれ違ったそいつが殺人祈願者、という可能性だって十分にあるわけで、そんな場所には本当なら一秒だっていたくなかった。  言いたくはないが要するに、母の実家は村ぐるみで人殺しを請け負って来たわけだ。血のつながりがあるとは言っても、事情を一切知らされずに東京で生まれ育った私が、突然現れて何を言った所で疎まれるのは当然だ。変に正義面して敵対でもしようものなら、 「死ぬぞ」  タミエの言った言葉の真意はその夜のうちに理解出来た。  眠れず、息抜きにと思い平屋の外に出た。むろん怖かったが、布団の中でじっとしている方が変に想像力が働き、困り果てていた。煙草でも吸おうかと懐に手を伸ばして、ふと気づく。  ――― ない。  車に一式置いて来てしまったようだ。慌てていたものだから、煙草もライターもそのままにして来たらしい。だが、物は考えようだ。呑気に一服でもと考えたが、匂や煙に気付いて誰ぞがやって来るかもしれないではないか。  これで良かったのだ、と、そう思おうとした矢先、 「……これは」  嗅ぎ慣れた煙草の匂いが鼻腔をかすめた。今まさしく私が胸ポケットから取り出そうとした馴染みの煙草である。外はまだ暗く、匂いのする方向も煙の場所も目では追えない。所がだ。 「ケホ、ケホ」  突如むせ返る女の声が聞こえて来た。私は驚いて身を固くし、平屋の戸板に背中を預けた。思いがけず、その声は近くから聞こえたのである……。    
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加