桃色は嫌いだったけど

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返信はすぐには来ない。 待っている間、妹の顔を思いだす。 と言っても、浮かぶのは小学生の低学年くらいのかわいらしいころか。 でも。 それとともに現れるのはお母さんの嫌悪感たっぷりの顔。 「ユキ。その絵なに。気持ち悪い」 私の絵に対して、不快感丸だしの顔をしていた。ふしだらな女や激しい音楽やバトルシーンが多いアニメに対するのと同じ反応。 お母さんが拒絶するものたちと絵が私がいっしょに扱われた気がした。 いっぽう。 「あら。モモのはかわいいわね」 お母さんはモモの絵をよく褒めた。 四歳も下の妹の絵は、女の子を描いた絵だった。片足あげて、ウインクして……女子がよく描く絵だ。 そのどこがいいのか私にはわからない。 森の魔女や幻の生物たちを描いた私のほうがスゴいんじゃないの、なんて思っていて。 けど。 よくわからないけど、お母さんに嫌われたくないから、これからはみんなと同じような絵を描こうと決めたあのとき。 「ねえ。ネエネエはなにかいたの」 そう訊ねてきたモモは、お母さんとは違う顔だった。お人形さんみたいなかわいい瞳がきらきらしていた。 私は嬉しくなって、魔法の世界の物語について丁寧に説明した。 「へえ。トロールって、こんなかんじ?」 話を聞いたモモは、自分なりに絵を描きだした。 「うまい?」 私には絵の良し悪しというものはわからない。お母さんに嫌われた私のトロールのほうがうまい気もする。けど、否定されるのは悲しいことだと、もう学んだ。 「うん。いいね」 と答えたら、 「でしょ」 とモモはしたり顔になった。 「ネエネエのお話もよかったよ」 「そ、そうかな」 妹から褒められるとは思ってなかった。けど、否定されるよりは嬉しいことだった。 「大きくなったら本かく人になったら?」 「えー。できるかな」 「うん。できるよ。それで、その本のはアタシがかくよ」 「うふふ。それはいい夢だね。楽しみにしてるよ、モモ」 そう。あのときは夢でしかなかった。 だから、約束したつもりではなかった。私が作家となり妹が挿し絵をするという約束。 桃はもう忘れてるかもしれないけど、私はいまだに覚えている。 たぶん、嬉しくてたまらなかったんだ。自分の好きな世界をいっしょに楽しんでくれたことや、自分にもできることがあるって思えたことが。 『せっかくだから会わない?』 まさかの返事が来た。 「えええ。会う? 電話でもなく?」 どうしよう、どうしようと、視線はまたパソコンへと泳ぐ。 「うん。あの子たちのためだ」 覚悟を決めて、メッセージを返す。 小説の文字たちをモモの絵で彩るんだ。
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