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1.総監の犬
梅雨の中休み、昼間の太陽は殺人的だったが、日が傾いてくると、新宿の裏通りには涼しい風が通り抜けた。
黒いスーツ姿の山月彰斗は、スラックスのベルトに通した小さな革製のバッグを開け、中のモノを取り上げる。フサフサとしたピンポン玉のようなそれは、丸まったまま、ヒクヒクと鼻頭を動かした。
「いい子だ、玉ベエ。今日もよろしく頼むぞ」
手の中の小さなネズミに口を寄せてそう言うと、山月はその場にしゃがみ、アスファルトの上にそれを放った。
誰かが撒いたのか、たばこの吸い殻が散乱している。乾いた吐しゃ物もある汚い道路を、玉ベエと名付けられたネズミが駆け抜け、向かいのビルの暗いドアの隙間から、中に入っていった。
山月は、警視庁警備部警備課の、いわゆるSP(セキュリティポリス)である。要人の警護には、慣れているが、自らの身を案じて行動することは珍しい。それほど訝しい誘いを受けていた。
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