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暗いガラス扉に手をかけた山月は、いまだに、信じられないでいた。
新宿裏通りのひなびたバーを指定されたことが、怪しさを倍増させている。
バーカウンターの向こうにいるマスターらしき男と目が合ったが、いらっしゃいませ、とは言われなかった。
それが気に障るより先に、山月は、目に飛び込んできた店内の光景に息を飲んだ。
中に、客と思しき男が一人いた。
カウンターにロックグラスを置いたまま、壁に掛けられたボードに向かって立ち、ダーツに興じている。
(玉ベエが、しくじった!?)
玉ベエが、この男を見落とすわけがない。これまで、ミスをしたことがないのに。
「なんだよ、怪訝な顔で見てくんなよ、気分悪いなぁ」
スローイングの姿勢をとっていた男は、顔だけを山月に向けた。よくウェーブのかかった長髪から覗く顔は、三十路を過ぎた山月より、幼く見える。
「あ……あぁ、ダーツの邪魔したのなら、スマンかったね。そんな気は無かったんだ」
山月は、男のロックグラスが置かれた席から、最も離れた椅子に座った。カウンターに置いてあるメニュー表を手に取る。
何を頼もうかと考えている間、山月は、ずっと男の視線を感じていた。
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