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翌朝、目を覚ました優月は、隣にいるはずの羽咲の姿がないことに気がついた。
「羽咲ちゃん?」
優月が声を掛けると、キッチンの方から2人分の朝食を持った羽咲が現れた。
「おはようございます、優月くん」
「これは? 羽咲ちゃんが作ってくれたの?」
テーブルにはトーストとハムエッグが並べられた。それは昨日の優月の朝食と同じもので、羽咲はその時もアイスを食べていた。
「わたしも優月くんと同じものが食べてみたくて」
「すごいよ。ありがとう」
羽咲が作った朝食は、自分で作ったものより何倍も美味しかった。もしも羽咲がこのままずっと家にいたら、そんな思いが優月の頭を過った。
それからまた、2人は昨日と同じように家で遊んで過ごした。そして、祭りに行く時間がやってきた。
17時30分とはいえ、まだ太陽の光が残っていて暑い。神社に着く頃には羽咲が少しぐったりしているように見えた。優月は羽咲に、祭りが始まったらかき氷を買ってあげることを約束して、一緒に集合場所へ向かった。流人には事情を話し、今日は手伝いを少なめにしてもらった。
祭り最終日で、花火が打ち上がるためか、昨日よりも人が多く熱気もすごい。優月が手伝いをしている間、羽咲は屋台の裏でかき氷を食べて待っていた。羽咲の周りには、かき氷のカップがいくつも転がっている。1時間程して流人と交代すると、優月は羽咲と一緒に人混みの中へと吸い込まれて行った。
祭りが初めてだという羽咲にいろいろと体験させてあげたくて、屋台を片っ端から攻めて行く内に、優月の両手は景品や食べ物でいっぱいになった。それでも羽咲が楽しそうなのを見て、優月は満足していた。
午後8時少し前、花火が打ち上げられる場所には既に人だかりができていた。優月たちもそこに向かったが、花火と人の熱気で暑さが増していたので、境内から少し離れた場所に移動することにした。石段に並んで座ると、間もなく花火が打ち上がった。
「きれい……」
夜空に咲いた大輪の花を見つめて、羽咲が呟いた。その目からは、大粒の涙がこぼれ出す。
「ずっと見てみたかったんです、わたしとは真逆の景色」
「真逆って、どういうこと?」
そう尋ねた時、羽咲の身体がぐったりと優月にもたれかかった。
「羽咲ちゃん?」
浅い呼吸を繰り返す羽咲を、優月は膝の上に寝かせた。その身体にはいつもの冷たさがなく、生ぬるい温度が伝わってきた。
「羽咲ちゃん、大丈夫? 具合悪くなっちゃった? ごめんね、僕全然気付いてあげられなくて。どうしよう……流人に連絡、いや救急車かな」
スマホを取り出して迷っている優月の右腕を、羽咲が握った。
「優月くん」
「どうしたの?」
「今日までありがとう。すごく楽しかったです。一緒に遊んでくれて、お土産のかき氷も、今日のお祭りも花火も全部。短い間だったけど、優月くんと一緒にいられて嬉しかった」
「何、言ってるの……?」
優月の右手が震え、持っていたスマホが地面に落ちた。
「花火、本当にきれいだな……」
空を見つめたまま羽咲が呟く。なんとなく羽咲の身体が薄くなったように思えた。
「待って、絶対助けるから」
優月はスマホを拾おうとしたが、羽咲が首を振った。
「あの時は、お礼もお別れも言えなかったから……。優月くん、わたしのこと作ってくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。わたし、優月くんのこと忘れないよ。もしまた会えたら……嬉しいな」
「え……?」
「またね、優月くん」
そう言うと、羽咲の身体は一瞬で、まるで雪が溶けるかのように、スッと消えてしまった。
「羽咲、ちゃん?」
優月は何が起こったのか理解できなかった。
「羽咲ちゃん! ねえ、羽咲ちゃんってば! どこ行っちゃったの……?」
いくら呼び掛けても、周りを見回しても、羽咲の姿はどこにもなかった。
「おーい、優月」
そこにかき氷とたこ焼きを持った流人がやってきた。
「あれ、ウサちゃんは? ……てか、優月どうした?」
青ざめた顔の優月を見て、流人が心配そうに尋ねた。
「消えちゃったんだ……」
「消えたって、何が」
「羽咲ちゃん。……羽咲ちゃんが、消えちゃったんだ。スッて、溶けるみたいに」
「は? そんなことあるか? ……って優月、それ……」
流人が指さしたところには、赤いリボンが落ちていた。そこはさっきまで羽咲がいた場所だ。
「これは……」
優月がそれを手に取ると、流人が静かに話し始めた。
「なあ、優月覚えてるか? 小1の頃、ここで雪遊びしたこと」
「うん」
「その時のことで俺、優月に謝らないといけないことがあるんだ」
「え……?」
それは約12年前のこと。その年は雪の降る日が多かった。この神社で、流人は大きな雪だるまを作り、その横で優月は小さな雪うさぎを作って遊んでいた。優月は毎日神社に行っては雪うさぎに話し掛け、赤いリボンを付けてとても可愛がっていた。しかし数日後、再び降った大雪で、優月の雪うさぎは埋まってしまった。
「あの時、優月の雪うさぎを一緒に探しただろ?」
「うん。1日探したけど見つからなかったんだよね」
「……本当は俺、見つけてたんだ。雪うさぎ」
「え?」
「雪の中からその赤いリボンが見えてさ、掘り出して持ち上げようとしたら崩れちゃったんだ。だから、見つけたって言えなくて、リボンも雪に隠した。……ごめん、優月を悲しませたくなくて」
「……そうだったんだ」
優月はリボンを優しく抱きしめた。
「……そっか。それじゃあ羽咲ちゃんは、あの時の雪うさぎだったんだね」
「ああ、きっとそうだと思う」
「僕のこと、見守っててくれてありがとう。会いに来てくれてありがとう」
次から次へと溢れ出る涙が止まらない。
「僕も忘れないよ、羽咲ちゃんのこと。一緒に見た花火も、過ごした時間も全部。だから……」
夜空に向かってそう呟いた時、打ち上がった花火が空に笑顔の花を咲かせた後、いくつもの小さな光の粒になって舞い落ちた。
「またね、羽咲ちゃん」
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