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明るい笑顔の遺影を見つめ、誰にも聞こえないように私は言った。
「後悔なんて、してないよ。嘘ついたこと、謝らないよ」
ぐっと拳を握り、手のひらの中央に爪を立てると、目が熱くなった。
「後悔したって、仕方なかった。嘘ついたのも、沙羅のためだった」
遺影を見ていられず、目を背けたとき、伯父の正雄さんが近づいてきて、私の肩をポンと叩いた。
「……残念だ。おまえの哀しみを思うと、言葉が見つからない」
私はふるふると首を振った。正雄さんにそう言ってもらえるほど、私はできた姉ではない。嘘ばかりついて、本当のことを話す勇気がなかった。
「沙羅もなあ、まだ五歳で、未来には明るい夢ばかりだったのになあ。行きたい学校もあったろう。就きたい職業もあったろう。いくらでも選べた。友情だって恋だって、何でも思うままになったのになあ」
そして正雄さんは、
「ところで、多恵子はどこだ。姿が見えないが」
と、母の所在を訊いてきた。
受付の付近にいたはずだと伝えたが、どうやらいないらしい。葬儀の場で大きく席を外すとは考えられないため、トイレじゃないかと私は伝えた。
「ふむ、多恵子は昔から腹を下しやすい。トイレとなると、しばらく出てこないかもな。こういうときに浩介くんがいてくれたら良かったが、言っても仕方ないことだな」
父の浩介は、沙羅が生まれた翌年に家を出て行った。最後の方は母とも私とも口論が多く、本当に仕方がなかったかも知れない。風の噂で、転職し、新しいお嫁さんをもらったと聞いている。どうでもいい話だ。そのぐらい私たち父娘は決裂してしまった。
正雄さんは、沙羅の遺影を見つめ、寂しそうに吐息した。
「こんなに可愛い貌をして、将来は美人になったろうに。道を踏み外さなければ、良い伴侶を得て幸せになれたろう。沙羅と赤い糸で結ばれた男がいたなら、そいつは報われない現世だったな。だがもしかしたら、そいつもどこかで死んでいるかも知れん。なるべく早く二人が出会えるように祈ることが、供養になるのかも知れんなあ」
沙羅と近い年齢の男の子に対し、赤い糸なんかのために死んでほしいとは思わない。むしろ沙羅を諦めて、別の人と結ばれてほしい。そんな考えなど、他人に話したら一笑に付されるか怒られるかのどちらかだろうけれど。
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