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「正雄さん、沙羅と何回会ったっけ?」
私が問いかけると、彼はうーん、と首を傾げた。
「二回、だったかな。最近は会ってなかった。沙羅は俺のことなんて記憶にないだろう。寂しいことだ。ランドセルぐらいは買ってやりたかったんだがなあ」
そこからランドセルの話に流れ、近頃はカラフルだとか、昔は黒と赤しかなかったとか、自慢話かどうかもよく分からない会話が続いた。私が「沙羅は水色が好きだったから、その色を選んだんじゃないかな」と言うと、正雄さんは「六年も使えば飽きそうな色だな」と微かに笑った。
そうしているうちに、母が姿を見せた。葬儀に参列してくれる人たちが次々と母に話しかけ、正雄さんはタイミングを失してしまった。
「まあ、葬儀の後でもいいさ。そろそろ坊さんが来る。おまえも哀しいだろうが、あまり崩れず頑張れよ。じゃあ、俺は坊さん迎えに行くから。またな」
言って、足早に玄関へ向かった伯父の背中を見つめ、そして私はまた、遺影に顔を向けた。
ねえ、沙羅。
正雄さんは優しい人だね。本当に覚えてない?
深く踏み込んでこない人だから、印象が薄かったかな。
ああいう人って付き合いやすいんだよ。沙羅の周りにもいたでしょう。知りたがる子や、聞きたがる子。人は自分の知識が増えるほど、自分の常識に当てはまらない人を蔑むことが多くなる。人それぞれに色んな悩みがあるのに、分からない、分かろうとしない、挙句の果てには追い込むようなことを言う。
正雄さんはそういう人じゃない。だから付き合いやすいんだよ、って言っても、沙羅にはまだよく分からないかな。
妹の遺影は明るい笑みを湛えている。思春期の苦悩も、社会に出てからの苦悩も知らぬままに、無邪気で信じやすい清らかな笑顔だ。
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