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空が白けてきた。それと同時に街路樹やコンクリートの壁に張り付いた蝉の蝉時雨に町が包まれていく。
「まだ夜だってのに、蝉が五月蝿いな」
流石に一晩も経てば電車の復旧作業も終わるだろう。青年はスマートフォンで鉄道会社のホームページを開いて確認することにした。
鉄道会社の徹夜覚悟の一所懸命の作業のおかげか、復旧作業は完了していた。線路に倒れた木を退かすのに、クレーンを使っての大仕事であったと情報欄に記載されている。
青年がふと見た深夜のニュース動画でもこの復旧作業は数秒程度は触れられていた。
「始発動くなら、帰るか」
青年は荷物を纏め、引き上げ準備を始めた。伝票に書かれた総額を見て寒気を覚えてしまった。本当にお金と言うものは羽が生えたようにすぐに飛び去ってしまう…… それと同時に青年の耳に蝉時雨のシャワーが飛び込んできた。
蝉時雨のシャワーは夏の夜は暑いことを青年に報せるには十分なものだった。
「夜なのに、暑いなぁ。自業自得とは言え、財布は寒い」
青年は何故かうらぶれた気持ちになりながら、カウンターにて会計を済ませた。
青年はついでだと思い、ぷりんがいつ帰ったかを店員に訪ねることにした。
「あの、ピンクの服の女の子って…… いつ帰りました? 夜中にいた女の子なんですけど」
店員は驚いたような顔をした。暫しの沈黙の後、重い口を開いた。
「お客様はずっとお一人だったじゃないですか」
青年はそんな馬鹿なと思い、何度も何度も店員に確認を行うが、主張は変わらない。突っ込んで聞いてみても、青年以外に客はいなかったの一点張りであった。
涼しいファミリーレストランにいたにも拘らず、おれの頭は熱帯夜の暑さに浮かされていたと言うのか? ぷりんはおれが見た真夏の世の幻だったのだろうか? ここ最近は徹夜で修士論文を書いていたこともあり頭がどうかしてしまったのだろうか? 色々な考えが青年の頭の中を巡り廻った。
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