1、純白の婚礼衣装に包まれて-1

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1、純白の婚礼衣装に包まれて-1

 くるくると回る万華鏡。  ひとの人生も同じよう。  様々なひとの様々な生き方が、交差し、衝突し、すれ違い、無関係に関係する。今日の郁也の睫毛の瞬きが、半日後の誰かの笑顔を呼ぶかも知れない。  くるりと回せば見え方が変わり、また回せばまた違う模様が現れる。  中に踊る色紙やビーズは変わらないのに、浮かび上がる模様はひとつとして同じにならない。  絶望から救い出された姫が、明日見る景色はどんなに輝いていることか。  郁也は、毎日を、生きている。  その日その日の幸せを、光を、その目の裏に焼き付けて。    佑輔の就職が決まった。農学部に来ていた求人のうち、人気の少なかった食品会社の営業職を選んだために、すんなりと早い時期に内定を貰えたと佑輔は言った。  郁也はこの大学の院に進学する。試験は受けるが、合格はほぼ間違いなかった。今は同じ専攻を取った松山と、実験実験に明け暮れる毎日だ。  従姉の真志穂から連絡があった。友人のデザイナーの卵が、仲間たちと開く小さなショーの、ヘアメイクを頼まれたとのことだった。 「ノーギャラだからさ。当日のチケットと、それから何か、モノかサービスで返すって。チケット回すから、来ない、いくちゃん」  真志穂は佳織にも声を掛けたと言った。 「分かった。行くよ」  楽しみにしてる。郁也はそう言って通話を切った。  約束の日曜日、郁也は佳織と待ち合わせて会場へ向かった。スタッフとして参加の真志穂はもう四時間くらい前から会場入りしている筈だった。 「かおりちゃーん」  郁也は手を振った。白い比翼のシャツに黒いレザーの細身のパンツ。シャツは女物だ。 「いくちゃん、待った?」  佳織は郁也に気付いて駆けて来た。佳織は白いカットソーに茶のチェックのロングスカート、ダークオレンジのカーディガンが大人っぽい。 「ううん。今来たとこ。元気だった?」 「ええ。お蔭さまで。いくちゃんとこ、今実験大変でしょう」  ふたりはチケットを手に会場への入り口に向かった。 「それはお互いさまじゃない」 「あたしんとこはそうでもないわ。完全に予定を立てられるし、長時間張り付く必要もないしね」 「ふーん」  佳織は同じ理学部でも生物学研究室で遺伝子の解析をしている。郁也のところの高分子有機化学研究室が新素材の開発研究をするのとは違い、課題は時間内で段取りよく進められるらしい。羨ましい限りだ。  郁也はざわつく会場を見回した。  多分仲間内なのだろう、郁也たちと似たような年齢の奇抜なファッションをした一群が興奮して喋りっぱなし喋っており、最前列には腕章をした地元のプレスがしかつめらしい顔をして陣取っている。  後ろの方には、こうした場にそぐわない年配のひとがちらほら。きっと今日出品する駆け出しデザイナー達の親御さんだろうと郁也は推理した。 「まほさん、どのひとの分を担当するのかな」  入り口で渡されたプログラムには、四人のデザイナーの名前がある。 「ああ。何かねえ、モデルさんを集めるのもお金掛かるからって、少ない人数をみんなで使い回すんだって。だから髪もメイクも早変わりしやすいような感じにして、まほちゃんひとりでやるらしいよ」 「へえ、大変ねえ」  会場代だけでも結構な出費だからと真志穂は笑っていた。  郁也の父の妹の娘である真志穂は、母似の郁也と違って器量はそうよくないが、天性のセンスのよさで身を立てる決意をしていた。  専門学校に上がるとき、スタイリストか、美容かでかなり悩んだようだが、専門教育を受けるのは美容を選んだ。日本では髪をやらないとメイクの仕事が取れない。真志穂が最も興味あるのはメイクだった。  真志穂のメイクとファッションセンス。十代の郁也はそれに救われた。真志穂が側にいなかったら、きっと郁也は今生きていない。そう思っている。  ショーが始まった。郁也にはそれらの作品の善し悪しはさっぱり分からなかった。余りに前衛過ぎて、郁也の理解を越えていた。  四人のデザイナーの世界観と主張が披露され、最後はそれぞれが選んだモデルに花嫁衣装を着せて四人が出て来た。  モデルの手を取って、誇らしげに現れた彼らは皆郁也と似たような若さで、希望と野心に満ちていた。プレスがカメラをばちばち言わせた。  花嫁衣装といっても当節白とは限らないようで、佳織に言われて初めて郁也はそれがウェディングドレスだと知った。カット、素材、色、どれを取っても奇抜なものだった。  それでも婚礼衣装の荘厳さはどこかに忍ばせられてあり、郁也はじっとモデルを見つめその四着を見比べた。  フィナーレで、デザイナーたちに呼ばれスタッフが舞台に姿を現した。中には真志穂の姿もあった。黒いタイトなパンツスタイルに道具を詰め込んだウェストポーチで、真志穂にはすっかりプロの風格があった。 (まほちゃん。もう自分の道を歩いているんだね)  女子高で女のコ同士の諍いにすっかりくたびれた真志穂は途中から殆ど登校しなくなり、姉と暮らす部屋から一歩も出ない日が多くなった。所謂ひきこもりである。  その姉も男友達の処に入り浸りの生活で、たまに訪ねる郁也が唯一の話し相手であった。  真志穂のファッションに関するキャリアのスタートは郁也であった。郁也をキレイに飾り立てる。それが彼女のただひとつの楽しみだった。  もしかして、癒されぬ真志穂の傷を癒していたのは真志穂の作り上げる幻想の妖精、郁也の上に映し出された無垢なる少女の姿だったのかも知れない。 「いいなあ」  思わず漏らしてしまった郁也の溜息を聞きつけて、佳織は振り返った。 「何が」  そう尋ねる佳織に、郁也はどう答えようか迷いながら口を開いた。 「ん。……ウェディングドレスってさ、女のコを一番キレイに見せるよね」 「そうかもね」  佳織は肯定するでも否定するでもなく、興味なさそうに相槌を打った。 「お疲れさまー!」  郁也と佳織は、仕事を終えて出て来る真志穂をロビーで待ち構えていた。 「ありがとう、こんな遅くまで待っててくれて」  もう先に帰っちゃったかと思った。そう言って真志穂は笑った。 「帰らないよ。今日は記念すべきまほちゃんのプロとしての初仕事でしょ。はい!」  郁也は背に隠していた花束を真志穂に差し出した。 「いくちゃん……」  真志穂は感激に咽を詰まらせている。「ありがとう」とまた礼を言って下を向いた真志穂の背を、郁也はそっとさすって出口へと押し遣った。これから三人で祝杯を上げに繰り出すのだ。しばらくして真志穂はようやく口を開いた。 「正確にはまだ『プロ』とは言えないな。お金を取れるようにならなくちゃ」 「今回はノーギャラだって言ってたもんね」 「代わりにこれをせしめて来た」  真志穂がそう言って郁也の鼻先に突き出したもの。それは一枚のチケットだった。 「何? またチケット?」 「一枚しかないからさ、これはいくちゃんに上げる。いいよね、かおりちゃん」
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