1、純白の婚礼衣装に包まれて-3

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1、純白の婚礼衣装に包まれて-3

「郁。俺、バイト増やしてもいいか」  いつものように凄い勢いで夕食の献立を口に運びながら、佑輔が訊いた。 「バイト代、何に要るの。目標額は幾ら」  郁也もつられてパクパク口を動かす。  今日の夕食は佑輔が用意した。意外に時間を取られ、すっかり元の姿に戻った郁也がアパートに着く頃には、先に帰っていた佑輔が腹を空かせ始めていた。  初めの頃は何も出来ずいつも済まながっていた佑輔も、三年間の学生生活ですっかり自炊が身に付いた。だが佑輔が言うには「俺の作ったものは旨くない」とのことだ。  郁也はそうは思わないが。 「免許取ろうと思って。ほら、内定貰ったとこ、営業職だからさ。要普免なんだ」  俺、卒業までに取りますって言っちゃったよ。そう言って佑輔は笑った。  理学部の郁也と違って、就職戦線は農学部の佑輔には甘くなかった。  専門を活かすような技術職なら、何かと口はあったようだ。だが、佑輔は食品会社の営業を選んだ。数社受けたのも全て営業職かそれに準じたもので、技術系のところは端から考えていないようだった。  技術系は人気が高い。学んだことを活かせるからだ。佑輔は探して探して、ようやく技術系でない求人を見付けた。見付けてしまえば人気は低く、その中のひとつに何とか潜り込めたのだった。  自分で選んだ訳ではない農学部で学んだ知識。佑輔はそうしたものに最後まで興味を持てなかったのかも知れない。郁也が何度訊いても、佑輔はそれには答えなかった。 「ふーん」  郁也は佑輔の表情を厳しく観察した。 「……ま、いいんじゃない」  郁也のお許しをやや緊張の面持ちで待っていた佑輔が、ふうっと肩の力を抜いた。 「何やるの」 「これから探す。先ず許可貰ってからと思ってたから」 「そう」  郁也は箸を止め、心配そうに佑輔を見た。 「そのくらい、淳子さんが貸すのに。就職したら返してくれれば」  言い掛けた郁也を佑輔が止めた。 「郁。勘弁してくれよ。それじゃ俺があんまりみっともないだろ。これ以上は甘えられないよ」  郁也は唇を閉じた。佑輔の男のプライドだ。  きっぱりと郁也の目を見てそう断った佑輔。郁也はそれを尊重するしかない。郁也は先に目を逸らした。 「体重の計測を義務付けます。毎朝計って、少しでも落ちたらすぐストップ。いいね」  故意(わざ)と事務的にそう言った郁也に、佑輔はくすくすと笑い、大真面目にこう答えた。 「了解しました」  佑輔の笑顔。それに郁也は、何年経っても、()れることがない。    ざーざーと熱いシャワーを浴びながら、郁也は昼間のことを思い返していた。 (スナップ写真OKって言うからさ、何枚も撮っちゃったよ。PCの方に送っといて上げるね。あ、そうそう、先に佑くんに送っとこうか) (止めて!)  珍しい郁也の大声に、真志穂は驚いて動きを止めた。 (あのひとには、見せないで)  郁也は震えてそう頼んだ。真志穂は不思議そうに首を捻った。 (どうして。こんなキレイないくちゃん見たら、佑くん、喜ぶよ)   あのひとにだけは、見られたくない。 (お願いだから……)  また泣きそうになってそう頼む郁也に、真志穂は(……分かった)と頷いた。  郁也は頸周りにファンデーションが残っていないか気になって、神経質にごしごし擦った。  真っ白な花嫁衣装に身を包み、うっとりと微笑む自分の姿。  その浅ましい姿を、佑輔にだけは見られたくなかった。  郁也の心の底に(うごめ)く欲望を、その姿は痛い程に表現していたからだ。 (何て。何て滑稽なんだ)  シャワーの滝に打たれて、郁也は笑い飛ばそうとした。くすりと咽から出て来た音は、笑い声にはなっていなかった。  真志穂に指摘されるまで気付くことのなかったその想い。  結婚願望。そう真志穂は言った。  信じられなかった。  郁也の脳裏に幾つかのイメージが浮かぶ。いつぞやのぽっちゃりしたくどいメイクの少女。幸せそうに微笑む従姉の真梨絵。かつて母、淳子に言われた「いざってときは結婚しちゃいなさい」との言葉。 (もう、あなたってば、肝腎なとこで引っ込み思案だから心配だわ。いいこと。ここぞってときは絶対引いちゃ駄目よ。押すのよ) 「お母さん……」  ボクは何て馬鹿なんだ。  自分でもその存在を知らなかった想いを、今日郁也は掘り当てられ、白日の許に引き摺り出され、ラベルを貼られた。もうその発見をなかったことには出来ない。  結婚願望。大好きなあのひとの、お嫁さんになりたい。女のコの甘い夢。  自分の人生を他人に託す。ずるくて、責任逃れで、欲望だけは際限がなくって。そんな「女のコ」の嫌らしい部分。そんな処まで。  女のコのそんな部分まで、自分は備えていたなんて。  いつの間に入り込んだ欲望だろう。  どのタイミングで郁也の中に侵入した発想だろうか。  信じられない。  郁也は愕然としたまま、いつまでもシャワーに打たれ続けていた。
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