2、ボクを、受け取って-4

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2、ボクを、受け取って-4

 四人はそれぞれの近況を語り合った。東栄学院の同級生である彼らの話題は尽きない。 「そう言えば、あいつどうしたの。あの背の高い、何てったっけ」 「ああ水上君。彼はうちの父の紹介でアメリカの大学で研究してる。あっちに数学のいい先生がいるって」 「はあ。やっぱ俺たちとは違うよなあ」 と松山が溜息を吐く。 「数学と言えば」  佑輔が郁也に言った。 「うん」 「あいつに声掛けられたぞ、学務の前で」 「あいつ?」 「バイト紹介して貰った」  松山が眉をひそめる。 「もしかして、烏飼か」 「ああそう、そいつ。掲示板でバイト探してたら名刺くれて、連絡くれって。こっちの条件に合うとこ教えてくれた」  郁也は顔色を変えた。 「ちょっと佑輔クン。拠りにも拠ってあのひとの紹介なんて……。どこ。どんな店」 「おいおい、喧嘩すんな。瀬川、何て店だ」  矢口の問いに佑輔は店名を言った。 「週に四日、フロアと皿洗い。制服貸与」  矢口は唸った。 「キャバクラのボーイの蝶ネクタイ、自前で持ってる奴なんているかよ。ヤクザの金入ってるぞ、その店」 「そうなのか」 「ああ。まあ、よほどの勤務態度でなきゃ、スカウトなんてされないから、安心しな」  最後の「安心しな」は、郁也に言ったものだ。キャバクラと聞いた瞬間の郁也の表情に、松山は気の毒そうな目を向けた。 「そうだぞ、郁美。そう心配すんなって。キャバクラに出勤して来るようなアゲハちゃん、どうせこいつの好みじゃないから」 「そうかな。お兄ちゃん、ホントにそう思う?」 「おう。ばっちり請け合うぜ」  目の前の佑輔を振り返りもせず相談する郁也と松山に、業を煮やして佑輔が郁也の顎を掴んだ。 「誰のこと話してんだよ。本人そっちのけかよ」  酒が入って普段よりも大胆になった佑輔を、郁也はぷくっと頬を膨らませて上目で睨んだ。 「どうして黙ってたの。烏飼君に会ったこと」 「『会った』って、バイト紹介して貰っただけだろう。しかも決まったばっかりなんだから。別に隠したりしてないぞ」 「心配だな。本当にボーイだけ? 何か他のこと、やらされたりしない?」 「他のことって何だよ」  郁也は言葉に詰まった。  烏飼は夜の街に巣喰うビジネスマンだ。扱い品目は「青春」だと言っていた。烏飼が言うには、青春とは「セックス、ドラッグ、ロックンロール」。納税出来るマトモな商売はしていない。  烏飼に会ったことのある矢口が言った。 「気を付けるに越したことはないぞ、瀬川。何か変な気配があったら、すぐにバックれて帰って来い。バイトなら、俺も紹介出来るんだから」  佑輔はようやく郁也から手を離し、矢口に「分かった。そうするよ」と返事をした。  松山がごくりとコップのビールを飲み干して、「そう言えば……」と言った。 「去年、あいつに訊かれたな」  冷蔵庫から新たなビール缶を取り出しながら、郁也は「何て」と促した。 「『君らの姫ちゃんみたいにキレイなコが入って来たけど、あれ君らの同窓かい?』って」 「姫ちゃん?」と矢口が訊く。 「ああ。それはこいつのことだろ」と松山は郁也を指した。 「郁子みたいにキレイって言ったら」 「須藤だな。そう言えば数学科か、その烏飼ってのも」  佑輔が頷いた。 「須藤君……」  郁也はコップを唇に当てて呟いた。  須藤は、郁也の友人である水上の、学院外での数学サークルの後輩で、高等部から東栄学院に編入して来た美少年だった。  彼はその外見によってひどい目に遭い、捨て鉢になって自分より美しい人間にその復讐をしようとしてやって来た。その須藤が目標として発見したのが郁也だった。 「あれ、どういう意味だったんだろうな」と松山が首を捻る。 「どういう意味って……。彼、須藤君みたいのは好みじゃないと思うけど。言葉通りの意味じゃない?」  烏飼は一度は郁也を口説いたが、それは彼なりに気を遣ってのことであって、郁也のようなオネエさんに興味はないときっぱり言った。  だから、郁也は怪しい商売に引き入れられないようにだけ注意して、烏飼と普通に話せるようになったのだ。  松山も矢口も、「何か居心地いいんだよなこの部屋って」とごろごろ床に転がり始めた。  松山は自炊も覚束ない。自室は相当むさ苦しい状態だと推測される。  矢口は寄って来る女性たちを払い除けるのに忙しい。それは昔からだが、父上が政界入りして、事態は更に悪化しているだろう。矢口の住む市内中心部の高層マンション。そこも自分の身を守る砦としては万全ではないかも知れない。 「なあ、俺たち、泊まってってもいいか」  帰るのかったりいな、と彼らは口々に言った。 「いいけど」  郁也はにやっと笑って見せた。 「ボクらの夜は激しいよ」 「お邪魔しました!」  慌てて帰り支度をして出て行くふたりに、郁也は「はいはい、またどうぞ」と笑顔で手を振った。  玄関に鍵を掛けて居間へ戻ろうとする郁也を、揃って見送りに出ていた佑輔が抱き締めた。 「郁……」  佑輔の唇が郁也の頸筋を這う。郁也はびくっと身体を震わせたが、笑って佑輔の腕から逃れようともがいた。 「お皿、片付けなくちゃ。明日大変だよ」 「そんなの俺がやる」  佑輔は腕に力を込めた。郁也はもがくのを止めた。 「激しいのが好きか、郁」 「佑輔クン……」 「郁はどうして欲しい。言ってくれ」 「あ」  郁也は大きく身を撓らせた。膝が震える。意識が、飛ぶ。  布団の上で、佑輔は郁也の腕に巻いたタオルを外した。すぐに冷やしたせいで、うっすら朱くなったのもよく見ないと分からない。佑輔はその赤みを探し当てしばらく指で撫でていたが、そっと口を付け前歯をその上に立てた。 「あ」  痛い。佑輔は郁也の表情を確認すると、夢中になってそこを責めた。郁也の身体が更に強く反応する。咽から漏れる甘い声が、佑輔にそれをせがんでいた。苦痛。それを歓ぶ自分への羞恥。それらは揃って郁也を遠く高みへと運ぶ。郁也の身体は熱い涙を溢れさせた。  佑輔は知っていた。  遠い昔。まだ郁也が女のコの歓びを知らなかった頃。  ある日佑輔は執拗な愛撫が皮膚に与える痛みに、郁也が特別な反応をすることを知った。  ふたりが互いの身体に発見する、新しい感動に夢中になっていた頃のこと。  佑輔は唇を離し、郁也の頬の涙を拭った。 「ごめん、郁。痛かったな」 「佑輔ク……ン」  郁也は佑輔の頸に腕を回した。    佑輔は郁也の身体を胸に抱いたまま、郁也の背を、腰を撫で続けた。 「郁」 「……ん?」  激しい感覚の余韻に、郁也は酔ったままうっとりと答えた。 「何かして欲しいこと、ないか」 「うーん。そうだなあ」  郁也は次の瞬間、頬を紅くして小さく言った。 「一度、ホテルに泊まってみたい」 「ホテル?」 「うん」  恥ずかしさに睫毛を震わせ郁也は言った。 「そんないいとこじゃなくていいんだ」 「訊いてもいいか。どうしてだ」  佑輔の手が郁也の丘に掛かり、脚の付け根へとそろそろ動く。郁也は微かに喘いで身を反らせる。 「声、気になるから」 「声?」 「うん。隣の部屋に聞こえるかと思って、いつもこらえてるんだけど。一度そんなこと気にせず、佑輔クンとしてみたい」 「郁……」  佑輔は郁也の頬を両手で挟んだ。佑輔の手の中で、郁也の頬は燃えるように熱い。佑輔の指はそっと郁也の頬の上を動いた。 「そうだな。じゃあ今度行こう。そしてふたりで、気持ちイイこと一杯しような」 「うん……」  郁也は目を閉じた。自分の欲望を佑輔に覗き込まれるのが恥ずかしい。 「郁。そんな可愛い顔して恥ずかしがんなよ。俺」  また勃っちゃうよ。佑輔は困ったようにそう笑った。  佑輔の呼気の温度が上がる。  郁也は瞼を上げて身を起こし、佑輔の肩に手を掛けた。  夜は更けてゆく。
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