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夕方ともなると、多少は暑さも落ち着いていた。とはいえ、昼間にアスファルトへうんと蓄積された熱が少しずつ解放されていくような、蒸す暑さが感じられた。商店街では、そこかしこで店の人が撒き水をしていたため、僕らは濡れないように歩いた。
「あら、あなたたち」
すると、肉屋の店主の奥さんが、僕たちに声をかけてきた。ここが僕のお母さんがいつもお肉やコロッケを買っている肉屋。らしかった。話にはいつも聞くが、お母さんとこの肉屋に一緒に来たことは一度もなかった。
「ええと、田中さんのところの太郎に二郎に三郎ね」
肉屋の奥さんは、いつも僕たちを適当な名前で呼ぶ。確かに奥さんに名乗ったことは一度もなかったが、名前を勝手に決めつけるのもいかがなものか。そもそも、太郎と二郎と三郎だとみんな兄弟の設定じゃないか。ソラとコテツは僕の兄弟でもなんでもないのに。僕たちは肉屋の奥さんに適当に相槌を打って、商店街を走り抜けていった。
「おい、本当にこっちでいいんだな」走りながら、コテツが言う。
「うん、ここまでの記憶は覚えてる。あの日、僕は商店街を確かに抜けていったんだ」
「でもその後のことは覚えてないんだよね」
「ほんと、手伝うのは今日だけだぞ」
「わかってる」
商店街を抜けたあと、僕は記憶の限り街を走り回った。確かあのときは、蛍を追いかけて森の中に入り、その先にあの丘があった。蛍も森も今まで見たことはなかったが、友だちの健くんから聞いたことがあった。木や草で僕らを軽く覆ってしまうのが森で、光って飛び回るのが蛍だって。だから、あれは間違いなく森でもあり、蛍だった。
近所の公園や河川敷など、とにかく森がありそうな場所を何度も探した。そのほかにも、街唯一の博物館や映画館など、およそ自然とは無関係の場所も、念のため探した。が、結果として、丘のような場所はどこにも見つからなかった。
「やっぱりどこにもないじゃねえか」
最初に不満を零したのは、コテツだった。
「まあさ、勘違いは誰にでもあるし、仕方ないよ、うん」
ソラも、僕の勘違いという形で収めようとしていた。いや、ソラはのんびりしているようで賢い奴だから、きっと僕が嘘をついて、でも引くに引けない状況であるというふうに想像をして、気遣ってくれているだけなのかもしれない。違うんだ、あの丘は本当にあったのに。
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