ビー玉の蛍、実に良く在る星空

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 幸運にも深夜に浮かぶ雲はひとつもなかった。にも関わらず、星は数えるほどしか見えない。それは、人が創り出した光がこの街に溢れていることを意味していた。  それなのに、昨日の夜、抱えきれんばかりの星を見れたのは、なぜだったのだろうか。答えは既にわかっていた。父も母も拓也兄さんもみな、寝静まった夜中に、僕はこっそりと起き上がり、気づかれないように、外へ飛び出した。幸い、夏のこの時期、我が家は涼しい風を求めて窓を開けたまま睡眠をとる。その隙を突けば、音も立たず外へ出ることはそこまで難しいことではなかった。一点、母への罪悪感が僕の胸を覆ったが、あの子に再び会いたい、という気持ちが僕を奮い立たせ、街を走らせた。  夜の街は危険がいっぱいだと、生まれてからずっと、耳が痛くなるほど聞かされた。人目が少なくなるのをいいことに、好き勝手暴れる暴漢や、人の心を持たない残虐な若者、こちらの想像もできない奇行に走る人間など、こちらを驚かす障害が数多に潜んでいる。それでも、今僕が走る街はとても綺麗で、暗い街が輝いて見えた。  商店街の石畳は昼間吸った熱を全て吐き出したようにカラカラで、走る足が触れるたびにコツコツと高い音がした。商店街を抜けた先の公園では、夜の闇に月の明かりが差し込んで、穏やかな風に吹かれた大きな木の葉の隙間から穴の空いた光がゆらゆらと地面に揺れる。  早く、早く、と僕は息を切らしながら走る。そして、ついに到着した。僕は、博物館の前に立っていた。  僕は息を整えて、博物館の入り口へと歩いた。広い土地に建てられた博物館は、建物の前にたどり着くまでにも長い道のりだった。中央に大きな噴水が設けられていて、その周りには何か意味があるのであろう、オブジェのようなものがいくつか設けられていた。僕は昨日歩いたのと同じ方を回って、博物館の建物を目指す。すると、途中から光る丸い物体が、夜の闇に浮かぶのが見えた。  蛍だ!そう思ったのは、昨日の僕だった。都会で生まれ育った僕は、厳密には蛍を見たことがない。話で聞いただけの虫で、それは小さくて光りながら浮いている、という情報だけだった。だから、僕は『それ』が蛍であると、思い込んでしまっていたのだった。
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