ビー玉の蛍、実に良く在る星空

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 彼女はやはり、空を見上げていた。その美しさは、星を悠に凌駕した。僕の旅路は、彼女のためにあった。昨日は緊張して話せなかったが、今日は違う。まるで長い冒険のあとにたどり着いた終着点かのように、僕は少しずつ足を踏み出して彼女に近づいた。 「あの」  彼女は星を見る瞳を切り、ゆっくりこちらを見た。少しだけ驚いて、すぐに澄ました顔に戻る彼女も綺麗だった。何も言わず、ただ小首を傾げて、こちらに投げかける表情を作って見せた。 「君の名前は?」  彼女の月のようにまん丸な瞳がこちらを見る。そして、彼女は口を開いた。始まる、彼女との物語が。僕は緊張で喉を鳴らして、彼女の言葉を待った。が、聞こえたのは別の言葉だった。 「あー、お前ら、いったいどこから入り込んだんだ」  瞬間、僕の身体が宙に浮いた。後ろから何者かに持ち上げられたと気付いたのは、少ししてからだった。 「ったく、こっちは昨日からプラネタリウムの夜間点検で忙しいってのに。お前、いつからいたんだー?」  僕は焦りと恐怖から、羽ばたくようにばたばたと身体を奮った。そうして視界に入ったのは、帽子を被った男の顔で、徐々に見えてくる男の出立ちから、彼がこの博物館で何らかの作業をする人間であることに気がついた。 「こら、暴れるな暴れるな。おっちゃんもびっくりしたんだからなー。何せ、夜中の博物館に猫が二匹も紛れ込んでるんだからよ」  そう言うと、男は僕の身体を離した。突然宙に浮いた僕の身体は、重力に従って落下しながらも、難なく体制を整えて四本の足で着地した。近くには、彼女の姿はもういない。僕は一目散に走り出して、博物館から脱出をした。  夏のある日のこと、本当によくある話。星空のもと、男女が出会い、そしてまた逃げられる。ただ、それだけの話だった。
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