ビー玉の蛍、実に良く在る星空

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 本当によくある話だ。夏の夜、星空のもと男女が出会う。こぼれ落ちそうな、というのも陳腐な表現だ。森を抜けた広い丘で、僕は彼女と出会った。面妖に光を放って飛ぶ蛍を追いかけていると、偶然ここに辿り着いたのだった。  彼女は僕の方に一瞥をくれると、すぐに首の位置を空を見上げる角度に戻した。彼女の顔に月の光に当たり、陰と陽をまぜこぜにした彼女の表情に心臓を躍動させながら、ただじっとその顔を見つめることに夢中だった。  言葉を発することも憚れる時間が少し、もしくは長らく続いた末に、やっと僕も気がついた。彼女は何を見ているのだろうか。僕は彼女がとっている姿勢を真似て、同じ角度で空を見上げた。すると、情けないほどありきたりな表現で、今にもこちらに降り注いできそうなほど、星が瞬いていた。バケツに水をなみなみと注いだ時のように、少し揺らせばこぼれ落ちそうなほど、星で埋め尽くされていた。表面張力でなんとか持ち堪えている星だ。  美しい彼女と、綺麗な星空。僕はどちらを眺めていいものか、首を何往復かさせながら、馬鹿馬鹿しいことに真剣に悩んだ。そして心を決めた。見るべきは、彼女だ。 「あの」  意を決して、僕は彼女に向かって言葉を発した。気がつけば、僕は彼女へ三メートルほどの距離まで近づいていた。が、彼女は意に介する様子もなく、ただこの世で一番無垢な星空を眺め続けた。その姿にすらうっとりしながらも、僕は言葉を続けた。 「あの、ここはどこなのでしょうか」  刹那、彼女は僕の方に顔を向けた、こちらをじっと見た。正面から見る彼女の顔は、やはり美しかった。  彼女は何も返事をせず、ただじっと僕の顔を見つめるものだから、僕は呼吸が出来ずに苦しかった。薄闇に溶けるこの僕が、水中で水を掴むような感覚を覚える。  気を失いそうになったところで、僕は大きく息を吸った。ぷはあ、と蒸気が噴き出るように口から息が吐き出される。  目の前に、彼女の姿は無くなっていた。
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