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21 自分を許す
「そう伺って驚き、キリエ様に気を引き締めろと言われた者は数多くあっても、気を緩めるように言われた方はセルマ様お一人なのでは? そう申し上げましたところ、笑っておられました」
「笑っていた」
「ええ、楽しそうに」
「楽しそうに笑っていた」
ますますセルマには考えられないキリエの一面を見ることとなった。
「笑っていた、楽しそうに」
「はい」
セルマは信じられないという顔でミーヤを見る。
「はい、そして、そうかも知れない、そうもおっしゃっておられました」
『ええ、そうかも知れません。それほどに何もかもに厳しい、そんな人間だと思います。そして、そのような部分は私と少しばかり似ているのだろうとも思います』
「似ている、わたくしとキリエ殿が」
「はい」
セルマは何をどう受け止めればいいのか、分からなくなってきていた。
「あの」
ミーヤが思い詰めたようなセルマに声をかけた。
「キリエ様は、ずっとセルマ様のことを気にかけ、そして心配をなさっておいでです」
セルマは何も答えない。
「ご自分のせいでセルマ様が一層厳しく自分を律してらっしゃるのではないか、そう思っていらっしゃるようでした」
セルマは答えない。
「セルマ様がご自分で今の道を選ばれているのか、それとも選ばされているのか、そうもご心配なさっていらっしゃいました」
「何を言うのです!」
セルマが元の取次役の顔になる。
「わたくしは自分で正しいと思う道を自分で選んで歩いているのです! 正しいのはわたくしです! 正義はわたくしの道の先にこそあるのです! 失礼な口は許しません!」
もしもこれが他の侍女なら、ひたすらセルマに許しを請い、自分の非礼を詫びていたのだろうが、ミーヤはそうではなかった。
「セルマ様はお心強く、そして曲がったことがお嫌いな方だとお見受けします。そう申し上げましたら、キリエ様もそのようにおっしゃっておられました」
セルマは固い表情のまま、それでもミーヤの次の言葉を黙って待っている。
「そのような方がお気持ちを曲げてまでそうおっしゃるのはやはり理由があるのだろう。そうしてキリエ様はセルマ様のおっしゃる通りにするように、とあの配属をお決めになられました」
あの時、セルマは勝ったと思っていた。
自分がキリエを屈服させたのだ、生意気なミーヤに頭を下げさせたのだ、と。
だが違った。
自分はキリエに憐れまれたのだ。
そう思うとカッと頭に血が上った。
だが怒りと共に何かホッとしたような、分かってもらえていたことに安心し、うれしく思っている自分の気持ちに苛立ちを覚えた。
「セルマ様」
ミーヤがセルマを真正面から見つめながら言う。
「キリエ様は本心からセルマ様を心配なさっておられます。そして今では私も同じ気持ちでおります」
「生意気な……」
セルマは口ではそう言うが、ミーヤの言葉は本心であること、そしてキリエの気持ちもそうであることが分かっていた。
「わたくしは」
だがセルマは心を変えるわけにはいかない、選んだ道を進まなくてはいけない、そう自分に言い聞かせる。
「おまえの敵なのです」
「はい、承知しております」
「だから」
セルマはそこで言葉を途切らせた。
だから、どうしろと言えばいいのか。
もう話しかけるなと言えばいいのか。
自分のことを気にかけるなと言えばいいのか。
心配などいらない馬鹿にするなと言えばいいのか。
「だから、わたくしは」
セルマは懸命に続けようとするが、どうしても次の言葉が出てこない。
「セルマ様は」
代わりのようにミーヤが言う。
「どのようであってもセルマ様です。ご自分の信念で動いていらっしゃる。ですが、この部屋にいる限りは同室の者、昨日決めたようにそれで構いませんよね?」
そうして優しく笑う。
「おまえは」
セルマは自分でも泣き出しそうな顔をしているはずだ、そう思いながら、今度は流れるように自分の中から言葉が出た。
「どうして自分が正しい、正義は自分だと言わないのです、どうして私を責めないのです!」
気づけば取次役の仮面が外れたかのように、自分を「私」と言っていた。
「おまえは言えばいいのです。私は間違っていると。宮の侍女でありながら誓いに反することをしていると。たとえそれが信念を持ってのことでも、やってはいけないことはやってはいけない、言ってはいけないことは言ってはいけない。そう言えばいいのです! なのに、どうして言わない! どうして責めないのです!」
ミーヤは微笑みながらゆっくりと首を左右に振った。
「私は私が正義である、私が正しいとは言えません。ただ、正しいのではないかと思う道へ進むだけです」
きっぱりとそう言い切る。
「以前、トーヤがある方に言われたという言葉がございます」
「トーヤが?」
「はい。その方はこうおっしゃったそうです」
ダルの祖父、カースの村長の言葉だ。
「物事というのはどんなことでもうまく行けば後で笑い話になる。そうでない時は後悔になる。何事も結果次第だと。そして今やれることというのは一緒だ。だからもしも後悔することになったとしたら、その時は少しだけ自分を許してやれ、と」
「自分を許せ?」
「はい」
「自分を、許す……」
その言葉がセルマの胸に柔らかく突き刺さっていた。
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