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1 二人部屋
封鎖の鐘から6日目、懲罰房の水の音の問題が持ち上がった翌朝、キリエはいつものように「お父上」のご機嫌伺いに向かった。
「おはようございます」
お父上の顔を見て続ける。
「あまりご様子が良くないようにお見受けいたしますが、昨夜はよくお眠りになれなかったのでしょうか?」
「ああ、ちょっとな」
「お父上」ことトーヤが短く答える。
「まるであの時のような」
トーヤにも分かった。
あの溺れる夢を見た翌日のことを言っているのだと。
「う~ん、まあそんな感じかな」
「神殿で何かありましたか?」
お父上に対する言葉遣いをやめ、いつもトーヤに話しかける口調になる。
「そっちこそなんかだるそうだぜ、そっちもなんかあったのか?」
半分は話題を反らせるため、半分は少しキリエが疲れているように感じてそう言った。
「ええ、まあ」
「誰に何があった」
その聞き方にキリエがほんの少し笑う。
「なんだよ」
「いえ、なんでも。ミーヤを懲罰房から動かすことになりました」
「何があった」
今度は誰にとは聞かない。その「誰」の話題になったからだろう。
「今は何も。ですが何かあってはいけないので今移動先を考えているところです」
「何があった」
「今は申せません」
そう言い切るキリエにそれ以上何かを言わせることができる者はいない。
「今はって言ったな、じゃあいつならいいんだ」
「屁理屈を」
そう言って鋼鉄の侍女頭の顔がほんの少し緩んだ。
「ですがそうですね、今は朝のご機嫌伺い、何かご用がないかお聞きしに参っただけです。今日も神殿に行かれるのですか?」
「ああ」
トーヤが短く答えるが、キリエはそこになんとなく嫌そうな響きを感じた。
「何がありました」
「今は申せません」
トーヤがキリエの口調を真似する。
「ではまたいつか話してください」
キリエは屁理屈は言わず素直にそう答える。
「それでは、お父上から後ほど少し話があるとのことなので、夕刻にでも時間をとって伺います。それでよろしいですか?」
「ああ」
今はあまり長く話はできないが、後で話をしにくるということだろうとトーヤは判断した。
「それでは失礼いたします」
「あいよ」
キリエは部屋を出て今度は警護隊長の元へと向かった。
昨夜、少し遅くなったが色々と打ち合わせをしておいた。その確認と懲罰房の二人の移動のためだ。
「他の部屋へ移ってもらいます」
ルギがそう言って衛士4人に二人の周囲を囲ませて地下から階段を上がる。
キリエは残って「箕帚の司の長」であるハナを呼び、丁寧に指示を与えた。
神殿から神官も呼び、清掃の後での清めの指示もする。
「一体何がありました」
神官長も神官たちと共に来てキリエに聞く。
「少しばかり妙なことが起きたものですから、こうして空気をあらためております」
「セルマはどうしました」
「部屋を移動してもらいました」
「どこへですか」
「それはまた後ほど。懲罰房に置いておくわけにはいかなくなりましたので」
キリエは作業を見届けると懲罰房を立ち去った。
神官長も黙ってキリエの後に付いていった。セルマが気にかかるのだろう。
キリエも付いてくるだろうと思っていたので特に反応はせず一緒に進む。
着いた場所は前の宮の2階、衛士たちの控室近くの客室であった。
「ここから先はご遠慮ください」
キリエはそう言って丁寧に頭を下げ、何か言いたげであった神官長を神殿へと戻らせた。
部屋は教えたし、衛士が部屋の前に付いて見張りをしている。勝手に出入りして悪巧みをできる状態ではないので別に来ても構わないようなものだが、一応けじめである。
キリエが衛士に声をかけて鍵を開けてもらい中に入る。
中にはまだルギがいた。
ルギと、そしてミーヤとセルマの両名がいた。
「待たせました」
「いえ」
ルギが少し身を引いてキリエを二人の侍女の前に通す。
ここは前の宮にある客室の中で一番質素な二人部屋であった。
シャンタルが当代に次代様の託宣をさせた時、遠くの村からやってきたあの祖父と孫がこの部屋に滞在していた。
身分のある方ではなく、そのような一般人が謁見にやってきた時に滞在するための部屋なのだ。
調度品もさほど高価な物は置いてはいない。
といっても、それでも一般人から見ると感激するほどの物であるのには違いがないが。
トーヤやダルが賜っている個室よりも狭く、一応専用の水場はあるが、他にはベッドが2つ、テーブルと椅子が2脚、ソファが1つ、物置用のキャビネットが1つあるのみである。キャビネットの下に荷物を入れるようになっていて、上はランプ用のようだ。
部屋は廊下から内側にあり、外へ向かっての窓はない。
出入りできるのは衛士が見張っている廊下側の扉だけ、逃亡を防ぐには適した部屋だと思われた。
「思わぬことになりましたが、ここなら少しは快適に過ごせるかとも思います」
キリエが二人の侍女に向かってそう言う。
「キリエ殿」
セルマが不満そうに言う。
「なぜこの者と同室なのです。この『穢れた侍女』と」
「穢れた侍女」とは、誓いを立てて宮に一生を捧げるはずが、男性と情を交わしてしまった侍女に対しての蔑称である。
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