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17 規格外
「それからしばらくはそんな生活が続きました。相乗り用の鞍をつけた3頭の馬に交代でフェイを乗せて、カースやリュセルス、あちらこちらを尋ねました。これは、マユリアがトーヤに色々と見てくるようにとおっしゃったからですが、私も色々と学ぶことが多く、充実した日々でした」
「3頭の馬?」
「はい」
「誰と誰が一緒に行動していたのです」
「トーヤと世話役の私とフェイ、それから護衛のために衛士のルギ。その4人です」
「ルギ? ルギとは、警護隊隊長の?」
「はい。当時はまだ第一警護隊隊長でしたが、マユリアの勅命で託宣の客人の護衛をするようにと命じられました」
セルマは驚いた。
ルギはマユリア直属のような形であったので、当時第一警護隊だけは他の隊とは少し別格の扱いをされていた。
本来ならば隊長職に就くために必要な地位を持たぬルギが率いており、警護の当番こそ他の隊と同じように勤めてはいたものの、他の隊や隊長に知らせずに独自の動きをすることを許されている、それが当時の第一警護隊であった。
そのルギがあのならず者に護衛として付いていたとは。セルマは今更ながら八年前にそんなことがあったのかと驚いたのだ。
そしてもう一つ気になることもあった。
「3頭の馬と言いましたね」
「はい」
「誰と誰が馬に乗っていたのです」
「はい。トーヤとルギ、そして私です」
「おまえが?」
これにもセルマは驚いた。
大部分の侍女は幼くして宮に入る。そして侍女の役目に乗馬はない。
「おまえは馬に乗れるのですか」
「はい、乗れました」
「なぜ」
「幼い時に祖父に教えてもらって故郷では乗っていましたから、体が覚えていたようです」
「そうなのですか」
まさか馬に乗れる侍女がいたとは。
侍女は宮に入るとほとんどその敷地内から出ることはない。
そもそも敷地自体が一つの街に匹敵するほどの広さがあること、侍女の生活のすべてがそこにあることから出る必要がないからだ。時折お使いなどの役目で出ることはあっても、本当に稀なことだ。そして遠出をすることがあればその時には馬車に乗る。
ルギもそうだがこのミーヤという侍女も規格外なのだとセルマは思っていた。
そもそもこの自分に、取次役という実質、侍女頭とも等しい地位にある自分にあのように逆らうなど、確かに他の者にはできないことだ。
「あの」
ふいに黙り込んだセルマにミーヤが声をかける。
「なんです」
「続けても構いませんか?」
「あ、ああ」
もうセルマはすっかり忘れていた。
あの恐ろしい水音のことを。
そしてそれを忘れていることすら忘れていた。
今一番気になるのはこの眼前の侍女と、その者に関わりを持った託宣の客人や侍女見習い、そして女神直属の衛士のことになっていた。
「続けなさい」
「はい、ありがとうございます」
礼を言わねばならないのは本当なら恐怖から救ってもらったセルマの方なのだが、今はどちらもそんなことを忘れたようにフェイの話を続けていった。
そしてまた欠くことのできない話になった。
「ある日、トーヤがいきなりお金が入用だと言ってきました」
「お金が?」
「はい。トーヤのためにある程度まとまった金額を渡されていたのですが、私が管理を任されておりました。街で食事をしたり、馬を預けたり、そんなお金を私が支払う係になっていたのですが、それまで一度もトーヤがそうした要求をしたことはありませんでした。それで預かっていた金袋を渡したところ、一軒のお店に入って行き、さっと戻ってきました。そして」
ミーヤが何かを思い出すように優しい顔になった。
「フェイに、手を出すように言ってフェイがその通りにすると、その手の上にあの青い小鳥を乗せました」
「あの」
「そうです、あの小鳥です」
セルマもついこの間見たあのガラス細工だ。
「そして、いつも見ていただろう、あのリボンの礼だ。そう言いました。フェイはふと見たあの小鳥を気にいったものの買えるだけの手持ちもなく、見るだけで満足していたようですが、それに気づいたトーヤが買ってやったのです」
あのガラス細工にそんな経緯があったのか。
「そしてトーヤは自分が稼いだお金で買えなかったのは残念だが、とも言いました」
ミーヤが尊いと言ったあの小銭の理由が分かった。
「それからあの小鳥はフェイの宝物に、お友達になったのです」
「そうだったのですか」
今の自分なら、あの時に見たミーヤの宝物をあのように汚らわしい視線で見ることはないだろう。セルマはそう思っていた。
「はい。そうしてそれから間もなくのことでした。トーヤが私にフェイが熱があるようだから見てやってほしいと。そして療養室に連れていきました。そうしたら」
ミーヤが思い出すのがつらいように少しだけ言葉を切った。
「その少し前にフェイがケガをしていたのですが、そこから悪い風が入ったらしく、治す薬はない、本人の生命力に任せるしかない。お医者様にそう言われました。そしてフェイは」
ミーヤがそうして黙り込んだ。
そんな出来事があったのか、八年前に。
セルマはしんみりとミーヤの話に耳を傾けていた。
なぜだろう。
ミーヤの気持ちに寄り添ってやりたい、そんな気持ちになってしまっていた。
この者は敵なのだ、そう思いながら。
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