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☆☆☆
張り込みが無事に終わり、編集部に戻ってきたら、副編集長と打ち合わせをしているらしい一ノ瀬さんが俺に気がついたのか、不意に振り返った。
『おっ!』という感じで驚き、なにかを喋りかけて、口を噤んだと思ったのに。
「白鳥、ちょっと!」
一ノ瀬さんに手招きされながら呼ばれたので、副編集長のデクスに急いで向かった。
「お疲れ様です。張り込み終了したので、このまま帰ります」
開口一番報告をしたら、一ノ瀬さんが俺の頭をガシガシ撫でた。首が揺れる勢いで撫でられるせいで、髪の毛がぐちゃぐちゃになっている気がする。
「男になったな、白鳥! おめでとう!」
そっちの報告をしていないというのに、なぜかあっさりバレる。
「あの?」
(この人は俺の顔を見ただけで、どうしてなんでもわかってしまうんだろう?)
副編集長はキョトンとした俺に、意味ありげなほほ笑みを顔面に滲ませながら人差し指を差した。
「アンタの顔、いい意味でアホ面丸出しなの」
「え……」
副編集長の言葉に、絶句するしかない。というか今の顔のほうが、思いっきりアホ面丸出しになっているんじゃないかな。
「そうね、憑き物が落ちたって感じなのよ。煮詰まりきった想いが、なにかに混ざって薄まったっていうか。スッキリしてるのとは、また種類が違うのよねぇ」
ひとこともそっち系の発言をしていない現状なのに、副編集長にもバレてしまい、頭を搔いて照れ隠しする。頭を掻いたハズなのに、指先に髪の毛が絡まり、一ノ瀬さんのせいでぐちゃぐちゃになったことがわかった。
「白鳥!」
バシッと肩を叩かれ、名前を呼ばれたので残念な髪型のまま、背筋を伸ばしながら問いかける。
「な、なんでしょうか?」
「これで、ひとつのヤマはクリアしたことになるが、今度は違う問題がグチャっと出てきて、すげぇ悩むことになるからな。頑張れよ!」
一ノ瀬さんは嫌な宣言をするなり、右手をひらひら動かして、俺の前から立ち去る。入れ替わりに若槻さんがやって来て、さっきの張り込みをまとめた記事を提出した。
副編集長はそれに目を通しながら、小さな声で呟く。
「白鳥、一ノ瀬の言うとおりだからね。たくさん悩みながら、恋を育んでいきなさい。お疲れ様、帰っていいわよ」
一ノ瀬さんと副編集長がそろって、やけにあっさり俺を解放してくれたことに、どっと安堵した。どんな感じだったなど、アレコレ根掘り葉掘り聞かれると思っていたから、肩透かしを食らったことになる。
「お先に失礼します!」
丁寧に一礼して編集部を出て行く白鳥を、副編集長と若槻が眺めた。
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