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☆☆☆
時間的に美羽姉が退勤する頃合だったので、あえてLINEで連絡をしないで、まっすぐ会社に向かった。すると目の前に、見覚えのある背中をすぐさま発見! 沸きあがる喜びに自然と口角が上がった。
「運命の神さまが、うまいこと調整してくれたみたいだ」
ボソッと独りごちて、駆け足で近づく。近づいたから、その存在に気づいてしまった。恋人の隣にいる、スーツを着た男。並んでいる距離はあれど、楽しそうに話し込んでいる雰囲気が、ふたりから漂った。
サラリーマンとOL――パッと見、恋人同士に見えてしまうそれに、思わず自分の服装を見下ろしてしまう。Tシャツの上にシャツを羽織り、下はジーンズ。
スーツ姿の恋人の隣に並んでも、カジュアルすぎる自分の格好は、どう見たって恋人同士に見えないだろう。
(だからって俺がスーツを着たとしても、着慣れていないせいもあって、成人式みたいな感じになって、妙に浮いてしまうのがわかりすぎる)
「み、美羽!」
複雑な心境をなんとか隠し、勇気を振り絞って大きな声をかけた。一秒でも長く、一緒にいたかったから。振り返った美羽姉は俺を見た途端に、顔色をパッと明るくさせて駆け寄って来る。
そのことに心底ほっとした。それと同時に、波立っていた気持ちもフラットに落ち着く。
「学くん、仕事終わったんだ?」
「タイミングよく終わった。それで――」
チラッと目の前に視線を注ぐ。美羽姉はハッとしてスーツ姿のリーマンを紹介するために、てのひらを向けた。
「今の会社で私がとてもお世話になってる、直属の上司の堀田課長よ」
頭の先から足先まで素早く視線を動かして、美羽姉の上司をチェックする。俺よりも身長は低いが中肉中背で、着ているスーツの布地の質感の良さが、見た目からわかった。課長職をしているくらいなんだから、それなりに給料をもらっているんだろう。
顔はそこまでパッとしない感じだけど、意志の強そうなまなざしで俺を見上げる。
(美羽姉の好みから上司が外れてることに、こっそりホッとするとか、俺はなんて器が小さいんだろ……)
「上司の堀田です、はじめまして。小野寺さんの弟さん?」
俺と美羽姉を交互に見てからの感想を聞いて、拳をぎゅっと握りしめた。
(――やっぱり、そう見えてしまうよな)
ショックを見せないようにすべく、白鳥翼モードを展開。人当たりの良さそうな笑顔を咄嗟に作って、頭を下げながら挨拶する。
「こちらこそはじめまして。冴木と申します。こう見えても恋人なんですよ」
美羽姉が説明する前に、自ら口を開いた。
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