冴木学の場合

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「学くんは彼女が私に謝ってることを、いまさらなにをしてるんだろうって思ってるんだ?」 「そうは思ってない、そのことじゃなくて――」 「私が彼女を責めているこの現状を見て、今さら感が拭えないのかな?」 「あ~、それに近い感じかも……」  うまい言葉が出てこない戸惑いまくりの俺に、美羽姉がいい感じのセリフを言ってくれた。ぴったりではなかったが、それに乗っかることにする。 「…………彼女を庇うんだね?」  なぜだか俺が思った返答がもらえなくて、違うところから矢が飛んできた気分だった。なにかを言えば言うほど、空回りしているのがわかり、両手を動かしながら説得を試みる。 「美羽姉、勘違いしないで。俺は庇ってるつもりはまったくない。悪いことをしたんだから、若槻さんが謝るのは当然のことだろ」 「学くん、言ってることが支離滅裂になってる」 「美羽姉が謝ってる若槻さんを、ねちねち責めてる姿を見たくないだけ。その気持ちになるのはわかるつもりだけど、終わったことをとやかく言っても、もとには戻らないだろ。肝心なのは、これからじゃないのかな」 「今度は私を責めてる。私が悪いんだね、私はどうすればいいわけ?」  怒った顔がどんどん悲しげなものに変化していくことに、ひどく困惑する。俺としては、若槻さんを庇っているつもりはないし、美羽姉を責めていないのに、俺の言ったことがなぜか違う意味にとられてしまう。ふたりにこれ以上争ってほしくない気持ちで、間に入っているだけなのに。 「だから違うって。むしろ美羽姉は被害者なんだし、全然悪くないだろ」 「白鳥、もうやめなよ。アンタが言えば言うほど、彼女さんがどんどん悪くなっていくだけなんだよ。悪いのは全部私でしょ。彼女さんとやり合うのは間違ってる」  若槻さんの指摘に、言いかけていた言葉を飲み込んだ。 「白鳥の優しさは、彼女さんだけに向けられなきゃダメなんだって。私にまでいい顔して、どっちつかずでいたら、彼女さんを不安にさせるだけなの。この状況、私が彼女さんの立場なら、白鳥と別れてるからね」 「えっ? なん……別れる?」  告げられた言葉が信じられなくて美羽姉を見たら、黙ったまま首を縦に振った。 「み、美羽……俺と別れる、の?」 「そうね。学くんと別れて、副編集長さんとお付き合いしたほうが、精神衛生上いいかもしれない」 (なんでここで、副編集長の名前が出てくるんだ? 俺はどうすれば別れを回避することができる?)  ぐっとこみ上げてくるものがあり、鼻を啜ってそれをやり過ごした。 「彼女さん、提案があります。今回のこと、副編集長に報告しようと思います」  凛とした若槻さんの声が、妙に耳に残った。最初に美羽姉と対峙したときとは違い、今の若槻さんは仕事をしているときのエネルギッシュな様子だった。しょぼくれた俺とは対照的なそれを見、余計に落ち込んでしまう。
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