純愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合

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純愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合

 復讐が成功したお祝いをしてあげるからと、千草ちゃんがバーに誘ってくれた。その日は休みだったこともあり、指定された時間に余裕で到着。階段をおりて、地下一階にあるバーの扉を開けた。  彼女の名をバーテンダーに告げると、カウンター席に案内される。 (こうして誰かと待ち合わせて飲むのも、すっげぇ久しぶりだな――)  そんなことを考えながら、ぼんやりしていると。 「成臣くん、お待たせ! 早かったのね」  約束の時間15分前に、千草ちゃんが息を切らして現れた。 「今さっき来たところ。今日休みだったんです」 「そうなんだ。とりあえず注文しましょう。なに飲む?」  隣に腰かけて俺に訊ねる千草ちゃんの唇は、この前に逢ったときより色っぽい口紅が塗られていて、バーの明かりを受けたことにより、キラキラ艶めいた。 「じゃあハイボールで」 「ふぅん、私も同じのにしようっと。マスター、例のボトルでハイボールふたつ作って」  千草ちゃんからのオーダーに、マスターと呼ばれた妙齢の男性は小さく頭をさげて、奥の部屋に入っていく。 「例のボトルって、ここの店にはよく来てるんですか?」 「知り合いの店なの。特別なときだけ飲むボトルをキープしてるんだけど、こうして誰かと一緒に飲むのははじめてよ」  まくしたてるように千草ちゃんは告げて、体を小さくしながらそっと俯く。 「そうなんですね……」  さっきから敬語しか喋れない俺。千草ちゃんを泣かせてしまったことが、ずっと尾を引いていて、下手なことが喋れなくなった結果、敬語が出続けてしまった。  顔を突き合わせない状態――あのとき、スマホだったから言えたセリフ『泣くほど傷ついたのなら、なおさら知りたいんだ。教えてくれ!』をどのタイミングで切り出そうか困った。神妙な横顔を目の当たりにしているだけに、なかなか難しい。 (千草ちゃんから話すと事前に告知しているが、俺がキッカケを作ったほうが喋りやすいだろうな) 「成臣くん、あのときはごめんなさい!」  さらに体を小さくした千草ちゃんが、俺に向かって深く頭を下げた。 「あのときって――」 「上條良平の家で、春菜を取り押さえるのに、成臣くんの顔面に勢いよく鞄をヒットさせちゃったこと……」 「あー、あれね。救急車に乗せられそうになって、大変だったヤツ!」 「顔、変形してない?」 「今さら変形したところでイケメンになんてならないし、大丈夫ですよ、ホント!」  なんでもないとカラカラ大笑いしてみせたが、千草ちゃんの顔色は冴えないままだった。 「大事な場面になると、それしか目に入らなくなっちゃって、周りの状況判断ができなくなる悪いクセがあるの」 「それだけ必死だってことですよね。俺はそういうの、逆に羨ましいです。状況判断ができても冷静な分だけ、当たり障りなく接してしまう。大変なときこそ、あたたかみのある言葉や態度が必要なんじゃないかな」 「相変わらず、フォローの仕方が上手ね」  千草ちゃんの言葉に、ひょいと首を傾げた。 「大学生のころ、私が落ち込んでいたときに、成臣くんが声をかけてくれたの。『そんな顔してたら、せっかくの美人が台無しだよ』って。女のコを引っかける常套句だったのかもだけど、それでも私は嬉しかった。こんな私でも、誰かの目に留まることができるんだって」
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