朽ち祠の手

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それから三日後の夜のこと。僕は執筆を終えて寝室でゆっくりと読書をしていた。すると村上君から電話がかかってきた。 『先生、メールに添付したURLをクリックしてください』 とだけ言うと、こちらが質問する隙も与えないまま、電話が切れてしまった。 村上君から送られてきたメールのリンクをクリックすると、YouTubeに飛ばされ、何やらライブ配信をしている女性が表示された。女性といっても顔がすべて映っているわけではなく、口から首元にかけての部分だけが見えている。 タイトルは【朗読】【Audio Book】【ライブ配信】となっている。アカウント名は『ひめかの朗読ライブ』となっている。どうやら、この女性がひめかというらしい。視聴者は100人ほどいて、コメントもそれなりについているので、その界隈ではそれなりに有名な人物なのだろうか。 「…その男は家に帰った。すると、そこには既に誰もいなかった。そう、男は妻と子供に逃げられてしまったのだ。男はひどく絶望した。目の前が真っ暗になり、ひたすら嗚咽した」 ひめかの可愛らしい声で、それらが読み上げられていく。最初はどうしてこんなものを村上君が送ってきたのか全く分からなかったが次第に気が付いた。この女性が朗読しているのは、他でもない『朽ち祠の手』だと。 「男は泣き疲れると、ふらふらと家を出た。どこか行き先があったわけではない。男はよれよれになった背広姿のまま、町をさまよっていた。男はいつしか森の中を歩いていた。どこの森かは男にも分からない。すると男は…」 よどみなく続いていた朗読が、ピタリと止まる。沈黙だけが流れる。コメント欄にも『どした?』と心配する声が書き込まれる。 「ああ、ごめん、つい先を読んじゃって…」 ひめかの肩が不自然に上下する。 「…男は、そこで…」 画面に映る唇がまるで痙攣したかのようにブルブルと震え、声も途切れ途切れになっている。
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