朽ち祠の手

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「…男は、男は、そこで、もう何十年も、誰も手を付けていないと思われるような…」 ひめかはまた黙り込む。明らかに様子がおかしい。 「なんで、なんで…」 ひめかの顔の上部から、雫のようなものが垂れている。彼女は泣いている? 「祠を、見つけて…それで、そこで…」 今度は鼻を何度もすすりながら肩を震わせて、 「…じっと見ていたら、白い手が、出て、きて…」 そこまで読んだかと思うと、突如いやーっ、と悲鳴をあげた。 「もういや、もういや、もういやーっ!」 画面がガタガタと揺れ、床のようなものがアップになって映り込む。おそらく、撮影機材が倒れてしまったのだろう。それでもなおひめかは悲鳴をあげながら、ドンドン、ドンドンと音を鳴らしている。 コメント欄も『大丈夫?』だとか『ひめか何があった』と心配する声で埋め尽くされた。しかし本人は一切反応することなく、しばらくの間悲鳴をあげ続けていた。 僕はその様子を息を呑んで見守っていたが、次第に悲鳴が聞こえなくなると、そのまま床の映像だけがそこに映り続けていた。それから一時間ほど待ったが本人は配信には戻ってこず、そのままタイムオーバーとなったのか、配信が強制終了された。 一体今のは何だったのか。普通に朗読を続けていた人間が、どうしてあれほどまでに取り乱してしまったのか。『朽ち祠の手』があまりにも怖すぎて、気が変になってしまったのか。今までも何度も『夜も眠れないほど怖かった』という感想は見聞きしてきた。しかし、これはそんなレベルの話ではない。彼女は完全に、発狂してしまっていた。 村上君もメールで、『何だったんですかね、あれ』、『マジだったらヤバいですよね』と送ってきていた。 このひめかのライブ配信はネット民の間で少し騒ぎにはなったものの、元々彼女は精神的に不安定な部分があったらしく、誰も『朽ち祠の手』を読んだからだ、と結びつけて考える者はいなかった。
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