朽ち祠の手

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僕はその日、まともに眠れなかった。別のことを考えて眠りに入ろうとしているのに、油断するとすぐにあのひめかの尋常ではない様子が思い出され、そして途中で中断されてしまったあの語りについて考えてしまい、とても睡眠ができるような状態ではなかったのだ。 このままではいつまで経っても眠ることができないと判断した僕は布団から起き上がり、外に出て30分程ウォーキングをした後、シャワーを浴びた。これで少しは気分転換になったし、さっぱりもした。 だが、まだ眠気はなかったので、水を一杯飲みながらパソコンを起動させた。もちろん、ひめかについて続報を知ろうという訳ではない。あえて、こういう時間に自分の作品を推敲してみるのも良いかと思ったのだ。 僕はwebのアイコンには一切触れずに、自分の作品を保存しているフォルダを開いた。完結に一文字や一単語でまとめられたタイトルがずらりと並んでいる。似通ったような題名があまりにも多すぎて、もはやそれがどんな内容だったのかは自分でも全く推測できなかった。 上から順に、『目』『耳』『鼻』『口』『古道』『糸』『火』『初詣』などの短い題が順繰りに並んでいる。 だが、その下に、僕の作品にしては場違いなほど題名が長いものを見つけてしまう。 『朽ち祠の手』。 僕はもう、何が何だか分からなくなってしまった。その時の感情は恐怖などをとうに通り越してしまっていた。 なぜ、あの小説が自分のもとにあるのだ。 あの、異様に恐ろしいという小説が。 もちろん、これは自分の作品ではないだろう。徹底した短題主義を貫くこの僕が、こんな題の作品を創作するわけがないのだ。すなわち、他の読者と同じように、僕のところにもついに例の小説が姿を現したのだ。 読みたい、と思った。 それが僕の正直な感想だった。 読んではいけない、と本能が告げるのは感じた。しかし、僕はどうしてもこれを読みたい。それは、単にホラー作家としての欲求ではなく、もっと根深いところからの欲求だ。 僕は一時間ほど逡巡したのち、『朽ち祠の手』のフォルダをクリックした。
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