朽ち祠の手

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私があのUSBを受け取って以降、西田とは会っていない。風の噂によると、どうやら家から忽然と姿を消してしまったらしい。私は彼と親しかった作家やアシスタントにも話を聞いて回ったが、何も事情を知っている者はいなかった。 語りの中に登場した村上君にも話を聞いたが、彼も西田の行方については分からず、『朽ち祠の手』についても、例の朗読の件以来は何も新しい情報は入っていないという。 私も西田と同じく、怪奇小説を好む一人の人間として、その幾人も怖がらせてきたという『朽ち祠の手』について興味はある。 だが、その興味は彼のようにわざわざ自発的にそれを調べたいとか、出所を突き止めたいというまでのものではなかったので、特に私はその話を過剰に意識はしていなかった。 ところが、それから一か月程が経った頃の話だった。 私はその日、書店の一角でサイン会をしていた。 私のような奇異な小説ばかり書いている人間のサインなど誰が欲しいのだろうと自分では思うのだが、ありがたいことに、いつもそれなりに多くの方がやってきてくださる。その中には、わざわざこの為に遠方から訪れて下さった方もいるというのだから、まったく恐縮である。 その人物は、列の最後に並んでいた若い男性だった。あまり私の作品のファンにこういう年代は珍しかったので、私は嬉しくなって、いつもより少しだけ力を込めてサインを書き込んだ。 すると男性はこんなことを言った。 「いつも楽しく読んでます。僕は『原点怪奇』で先生のことを知ったんですけど、ほんとにどの作品も面白くて怖い作品ばっかりで、いつもしびれてます」 男性は笑みを浮かべながらそう言った。 「でも先生って、どうしてあんなに怖い話ばかり書けるんですか?きっと先生のことだから、すうーっと浮かび上がってくるんですよね?」 「いやいや、そんなことないですよ。浮かんでくるどころか、全く何も出てこない時もあるものだから、うんうんといつも唸ってるぐらいですよ」 私も笑顔でそう言った。 「それでもすごいことですよ。あんな怖いものは、普通の人がパッと思いつけるものじゃないですもん。ほら、先生が最近出された、あの…」 男性はひと呼吸おいて、 「『朽ち祠の手』とか…」
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