鷹谷さんのお家

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鷹谷さんのお家

「ほうら、直人(なおと)、風が気持ち良いだろう?」 俊作(しゅんさく)は息子の直人を後ろに乗せて、自転車を思い切り走らせる。見慣れた住宅街だが、こうしてスピードを上げて風を切ると、とても気持ちが良いものだ。 「うん」 直人は満足そうにそれだけ言って俊作にくっついていた。その後ろから、俊作の妻である由美(ゆみ)が自転車で追う。我が家では、必ずこうして休日の夕方には自転車で散歩に出かけるのが習慣となっていた。 「ねえ俊作、今日はこっちの道に行ってみない?」 いつもは町内をぐるっと一周円を描くように回るのがサイクリングコースだが、毎回同じではつまらないだろうと思ったので、由美は普段は通らない道を提案してみた。 「そうだな。たまには違うことをするのも良い。おい直人、それでも良いか?」 「うん、いいよ」 直人はまた短く頷いた。 「よし、じゃあ今日はこっちに行ってみよう」 俊作はそう言って、交差点を左折した。 由美は長年この辺りに住んでいるが、この道はあまり通ったことがなかった。とはいえ、特別な何かがあるような道ではなく、他と同じように住宅が立ち並んでいるだけだ。 「ねえ、あのお家」 しばらく進んでいると、ふいに直人が前方を指さした。 彼が示した方向に目をくれると、そこには、他とはどこか違う雰囲気を醸し出した黒い屋根の家が建っていた。 「あの家がどうかしたのか?」 「あそこ、行って」 直人は体をばたばたとさせながら促した。俊作は分かったとペダルを強く漕いで、黒い屋根の家の前で停止した。 「わ、凄い家…」 由美は思わず感嘆した。大きさは他の一軒家と変わらないが、その造りや外形は、見る者を圧倒する程の迫力があった。そして同時に、どことなく不気味さも感じた。 「こんな家、初めて見たよ。なかなか立派なお屋敷じゃないか」 「これ、何て読むのかしら」 由美は門柱に取り付けられている表札を指さした。そこには『鷹谷』とある。 「これは、『たかたに』か、それか『たかや』と読むんじゃないか?」 「そうねぇ…」
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