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「でもこの家、どうも人が暮らしてる気配がしないな」
俊作は自転車にもたれかかりながら、首を傾げる。
「そうねえ…」
確かに、この黒い屋根の家は表札は出ているとはいえ、あまり生活感はしない。人の声もしなければ物音もしない、洗濯物が干されている様子はないし、電気もついていない。それに、庭に生えた草木も、手入れされているという感じではない。
「空き家、なんだろうか」
「そうかもしれないわね、こんな立派な家、維持するだけでも大変そうだし」
由美と俊作があれこれと話している間、直人は無言で、眼前の家をまばたきもしないでまじまじと引き込まれるように見つめていた。どうやら、直人もこの家に圧倒されているようだった。
「すごいや…」
と直人は驚嘆のため息を漏らした。
しばらくそうやって三人で家を眺めていると、チリンチリンと音を鳴らして、一台の自転車が現れた。乗っていたのは、制服を着た警察官だった。
「ああ、やっぱりあなた達でしたか」
その警察官はこの町の駐在所にいる谷岡さんだった。私達とは顔見知りである。
「いやあ、そうではないかとは思っていたんですがね」
彼は安堵したような、呆れたような曖昧な表情をしながらこちらを見た。
「どうかされたんですか、谷岡さん」
由美が訊ねると、
「いやそれがね、奥さん。この近くの家からちょっと電話があったんですよ。この家をじろじろと眺めてる人がいるってね。それで、僕はすぐにああ、向田さんのところだろうな、と思いながらも、一応立場上ね、確認しに来ないわけにはいかないじゃないですか」
谷岡さんは額の汗を拭きながら自転車をよいしょ、と停める。
「ああ、すいません。つい珍しい家だったもので…」
俊作が頭を下げると、谷岡さんは黒い屋根の家をちらりと見て、
「ええ、立派な家ですからねぇ、ここは。気持ちはとても分かりますよ」
と笑顔で応じた。
「ここって、どなたか住まわれているんです?」
由美は先ほどの疑問を彼にぶつけてみた。
「ああ、ここは空き家ですよ。今は誰も住んでないんじゃなかったかな」
「へえ、表札も放置されてあるんですね」
「ええ」
谷岡さんは曖昧な表情を浮かべながら頷いた。
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