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「ああ、あの家ね。私、聞いたことがあるわ」
米子は思い出したわ、と手をポンと叩いた。
「あそこはね、確か今は誰も住んでいなかったんじゃなかったかしら。わっ、それにしてもおいしいわねぇ~、このコーヒー」
米子はうんうんと頷きながらこの店特製のアイスコーヒーが入ったカップをテーブルに置いた。由美と高校時代の同級生である米子とはこうしていい歳になった今でも付き合いを続けており、月に一度は喫茶店に行っている。お互いにこういうカフェや喫茶店巡りが好きなので、色んな店を探してはそこに二人で足を運んでいるのだ。
「あの黒い屋根のところでしょ?結構立派なお屋敷みたいなところ。私、一度見に行ったことがあるわ」
「えっ、そうなの?」
「うん。二年前くらいだったかしら。清一さんがね、ネタになりそうな家を見つけたから行ってみよう、って言って無理矢理連れてかれたのよ」
米子は、あの人はほんと変な趣味の人なのよ、と呆れながらも笑顔だった。米子の夫である清一は怪奇小説、いわゆるホラーを中心に執筆している作家で、日常でもいつも怖い話を色んな人に聞き回ったり、その手のスポットを全国巡っているのだ。だが清一は仕事に関係のないのにも関わらず米子を必ず巻き込んでは、ホラースポットに連れていかれたり、自分の集めた怪談を読まされては、感想を言わされるらしい。自分ひとりでは何もできない困った夫なのよ、と米子は愚痴をこぼしていた。
しかし彼のことを語る米子の表情はいつも笑顔なので、口では困ったようなことを言いながらも、本人も本人で夫とあちこちに行ったりするのが楽しいのだろう。
何だかんだとありながらも夫婦としての結束は強く、仲睦まじく過ごしている彼らは理想の夫婦なんじゃないかと由美は思っている。そして、そうやって毎日幸せそうに暮らせる米子のことが、由美は少し羨ましかった。
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