朽ち祠の手

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「先生の作品の中に、そんなものはなかった筈ですよ」 二十年以上僕のアシスタントをしている村上君は言う。 「だよな。僕も全く記憶がないんだよ」 「大体、先生の作品が『小説あれこれ』には掲載されたことはないですよ」 「あれ、そうだったか?」 「ええ。僕の記録ではそうなっていましたよ」 僕は例の手紙の件を村上君に相談し、雑誌に掲載した過去の作品について調べてもらっていた。 「念のため、これまでに掲載されたことのある雑誌全てに目を通してみましたが、やはりありませんでした」 「なら、あの手紙は嘘を書いている、ということになるな」 「そういうことになりますね」 「でも、あの手紙に書いていることはとても嘘には思えなかったんだ。本人もファンだと言ってるし、そんなすぐ発覚するような嘘をわざわざ作者に直接書くだろうか」 「それもそうですねぇ…もし嘘をつくなら、せめて先生が一度は掲載されたことのある雑誌の名を挙げても良さそうなものですよね」 「そうだなぁ。ということは『小説あれこれ』に載っていたその作品を、名前が似ているとか何とかで間違えてしまったんだろうか」 「そういう可能性もありますけど、そもそも『小説あれこれ』にその類の話が掲載されていることに僕は違和感を覚えるんですが」 村上君の言う通り、『小説あれこれ』はどちらかというと純愛や青春にフォーカスしたような雑誌なので、ホラー要素が少しだけ含まれている作品なら載ることはあっても、の作品はあまり見たことがない。 「まあ、僕が思うに、ありもしない小説の名をあげて先生にネタを提供しようとしただけなんじゃないですか?」 「それはあるかもな。怪奇小説家にとってこの類の話は大好物だ。僕が食いつかないわけがないからな」 「ですね」 それからしばらくは日々の仕事に忙殺され、『朽ち祠の手』の存在そのものを完全に忘れていた。
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