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だがある日のこと。私は用事があって出版社Wを訪ねていたのだが、そこで偶然以前から親交のある作家のYと遭遇し、近くのカフェで昼食を摂ることになった。
「ねえ、西田君はスランプとかそういうのはないわけ?」
Yはアイスコーヒーのストローをくるくると回しながら尋ねる。
「スランプなんて、しょっちゅうですよ。そんなの。ネタが全く浮かび上がんなくて一日中悶えてる時もありましたし。調子の良い時なんて、ほとんどの作家にはないんじゃないですか?」
「違う違う。そういうのはスランプとは言わないの。それは単に思いつかなくて悩んでるだけでしょ?スランプっていうのは、そうやって悩んで悩んで書いたものが全く当たらない、飛ばない、それでおかしいなと思ってまた絞り出して書いてもダメ、そういう繰り返しが続くことよ。西田君は見てると、そういう感じは今までないよね。バカ売れってほどではないけど、どれも一定の層にはある程度売れてるって感じ」
「まあ、内容が内容ですからねぇ…」
怪奇小説の類というのは面白いもので、そういうものを好む人はいつまでも好んでいるし、逆に言えば好まない人は絶対に手に取らない。だから、読者は増えこそしないが、減ることもあまりないのだ。
「そういうYさんはどうなんです?」
「私は一度だけあったね、確か十年前くらいに」
「ああ、そういえばYさん、随分困られてた時がありましたね」
「そうなの。あの時は本当に色々難しく考えすぎて、頭の中がごちゃごちゃになってね、全部空回りしてたのよ」
「ええ、そんなにですか」
「うん。でもちゃんとそれには理由があってね。とにかく怖い話を書こうと思って、頑張りすぎちゃってたのよ。誰にも負けないような、本当に震え上がらせるようなやつをね」
「ああ、そうなると結構手詰まりになりますよね、僕もよくあります」
「そうそう。っていうのもね、私の高校時代の同級生の子がね、いつも私の作品を読んでくれてるんだけど、それよりも遥かに怖い話を読んだって大騒ぎするもんだから、こっちも何か燃えてきちゃってねぇ…」
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